幼少期に食べたビリヤニの味が忘れられず、理想の味を追い求め「流しのビリヤニ」活動を始めたビリヤニ偏愛人・奈良岳。味覚を刺激するスパイス、独特の食べ心地バスマティライス、炊き加減のタイミング、彼が追求するビリヤニの世界を全5回にわたり紹介。第4回は、ビリヤニとドリンクについて。
料理を楽しむためのドリンク
どうしようもなく“美味しいお酒”が好きだ。アルコールが入っていればなんでも良い訳ではなく、作り手のこだわりが味わえる美味しいお酒がいい。飲まない日はほぼ無い。こっぴどい二日酔いの日でも、日が落ちさえすれば飲みたくなっているのは不思議だ。
日本酒、ビール、ワイン、焼酎、クラフトジン(ウィスキーはあまり詳しくない)。ビリヤニを作っていると、面白がって貰えるもので、様々なお酒の造り手との交流が増えた。郡山の酒蔵でビリヤニをつくったり、東京の様々なクラフトビールのブリュワリーに呼ばれてビリヤニを作ったり、山形でワイン用のぶどうの収穫を手伝ったり、鹿児島の大好きな芋焼酎蔵なんかも見学させてもらった。
そんな“美味しいお酒”を飲むときは、必ず美味しい食事が一緒にある。単体で飲んでももちろん美味しいし、食事に合わせてもさらに美味しい。食事とお酒、それぞれ美味しいけれど、一緒に楽しむことで、さらに美味しくなる。
思えば、1日の中で水はもちろん、さまざまな液体を飲む。毎日コーヒーも自分で淹れるし、お茶だって1日中グビグビ飲む。“美味しいお酒”が好きというよりも、アルコールもノンアルコールも、“美味しい液体”が好きなのかもしれない。
最近はノンアルコールのメニューも充実しているお店が増えてきつつある。ノンアルカクテルや特殊な方法で抽出したお茶、発酵させたフルーツのジュース、ある特定のエリアで飲まれている土着的な飲料などなど。ノンアルのほうが価格が安いイメージがあるが、本当にこだわったノンアルはかなり手間がかかっている場合が多い。
ビリヤニとマッチするドリンクを求めて
ビリヤニに合う“美味しい液体”とは、なんだろう。
まず真っ先に挙がるのが“コーラ”だ。唯一無二なスパイス感とグビグビ飲める強めの炭酸。ビリヤニ屋さんが世界で最も多い街、インドのハイデラバードでも、インド人はビリヤニに合わせてコーラを飲んでいる。ビリヤニといっしょにコーラを飲むと、ビリヤニの味が何倍にもなる気がする。不思議だ。コーラのスパイス感がビリヤニにマッチするし、炭酸がビリヤニの油を爽やかに流し、毎回新鮮にビリヤニの味を舌で感じることができる。ビリヤニに使うバスマティライスはパラパラと水分が少ないので、飲み物もグビグビ飲みたくなるし、甘さもビリヤニの刺激を中和してくれる。理想的なノンアルペアリングがカジュアルに実現している奇跡的な組み合わせだと思う。
スパイス料理の定番ドリンクといえば、チャイとラッシーがまず思い浮かぶと思う。
日本によくあるインド・ネパール料理屋さんに行くと、だいたいチャイやラッシーが売っている。もしくはランチのバターチキンとナンのセットについてくる。マンゴーラッシーだって選べる。この形式的なノンアルメニューをビリヤニに合わせたノンアルカクテルとしてアップデートしたい!そう思って、「Bar Straw(バーストロー)」の赤坂くんに相談した。Bar Strawは、イベントや飲食店でノンアルカクテルをつくるブランドで、赤坂くんはその主宰。彼はさまざまな味や香りの要素を構造的に組み合わせてノンアルカクテルをつくる。鼻から感じる香り・舌で感じる味・喉越しから鼻にぬける香りが組み合わさり、一杯のドリンク体験として消化されるような、そんなノンアルカクテルを彼は作る。そんな彼にお願いしたテーマは「ラッシーとチャイの向こう側」。二次元が三次元に、面が空間になるように、既存のラッシーとチャイの平面的な既存の味わいに、奥行きを持たせたい。
名付けてハイパーラッシーとスペイシーチャイ。
ハイパーラッシーは、ヨーグルトをベースに、さまざまな甘み酸味苦味をミックスすることで、ラッシーの向こう側に挑戦する1杯。平面的だった既存のラッシーの味わいを、三次元に引き上げるようなラッシー。スペイシーチャイは、チャイなのに透明、ミルクとスパイスと茶葉は素材に使いながらも、その見た目からは想像できないほど、さまざまな香りや味わいが感じられる。宇宙空間に漂っていると、いろんな色や形の星々が目の前を通り過ぎていくような、不思議なチャイ。
ビリヤニに合わせて楽しめるオリジナルのノンアルカクテル。お酒じゃないけど、美味しい液体。
カレーは醸造酒的であり、ビリヤニは蒸留酒的
そして、もちろんビリヤニとお酒の組み合わせも考えたい。ビリヤニに合わせるときの要素を挙げてみた。どれかの要素、もしくはいくつかの要素があると、ビリヤニの味や香りとの組み合わせを楽しめると思う。
①グビグビ飲めるもの
コーラのようにグビグビ飲めるような、シュワシュワ感があって、アルコール度数低めのものがあう。例えば、農家が農作業終わりに飲むために自家醸造していたファームハウスエールのクラフトビールや、クラフトジンなどの蒸留酒のソーダ割り、クラフトコーラのラムコークなんかも合う。
②乳酸
ビリヤニにトッピングするヨーグルトソース“ライタ”のように、ヨーグルトのようなミルキーな酸味のニュアンスは合う。生酛造りの日本酒の乳酸や、うすにごりで少しプチプチした感じの日本酒はちょうどいい。
③みりん感
本格みりんはアルコール度数が14%ほどありお酒に近い。優しい甘味のある本格みりんをソーダで割っても飲めるが、みりんに似た味わいの古酒系日本酒やオレンジワインなども合うように思う。食べものと飲みものが同じ色だと合わせやすい。
④クエン酸
ビリヤニにレモンをかけて食べるが、レモンの酸味があるレモンサワーや柑橘をつかったクラフトジンなども合う。口の中でレモンの酸味を足してビリヤニを味わうことができる。
⑤スパイス感
ビリヤニの味わいに似た、スパイスが入ったお酒もあわせていく。
クラフトジンは原材料が自由なお酒で、スパイスをいれてチャイのようにしているものもある。最近はカルダモンやマーガオをつかった焼酎も大手がリリースしており、そんなスパイス蒸留酒をソーダやトニックで割って飲んでも合う。
⑥ハーブ感
ビリヤニトッピングするパクチーなどのハーブ感をあわせていく。ハーブ感のあるクラフトジン、アガベの青臭さのあるメスカルなどをソーダで割ったりしてもいい。
クラフトビールやクラフトジンは、主原料の他に、さまざまな副原料を入れることで、バリエーションをだすことができるお酒だ。ハーブや柑橘、スパイス、ときにはホエイなど、ビリヤニに合わせやすい要素が入ったお酒を選ぶ。②乳酸③みりん感の要素は醸造酒、④クエン酸⑤スパイス感⑥ハーブ感の要素は蒸留酒に多いように思う。お酒と食事を合わせるときは脂との相性や舌触りなどの要素が他にもあるが、香りという要素にフューチャーすると、ビリヤニの存在感に負けない香りが必要になってくる。繊細で複雑な香りのするワインなどの醸造酒より、蒸留によって高まった香気成分のあるクラフトジンなどの蒸留酒の方が、ビリヤニに合わせやすいように思う。
ビリヤニとお酒の相性を考えていたら、醸造酒と蒸留酒はカレーとビリヤニの関係に似ているかもしれないと思えてきた。カレーは醸造酒的であり、ビリヤニは蒸留酒的だと思う。
米や麦や果物を発酵によってアルコールに変える醸造酒を、さらに蒸留器にいれて炊くのが蒸留だ。スパイスと具材を炒めたり煮込んで味をつくるカレーを、さらにバスマティライスといっしょに大鍋で炊くのがビリヤニだ。両方とも、もうひと工程の加熱をすることで、香りの要素が高まっていく。ビリヤニは、蒸留酒に似ているのかもしれない。やっぱりビリヤニは香りの食べ物だ。