香りの食べ物ビリヤニ

どこかの和食の料理人が「ごぼうは香り」と言っていた。ごぼうのいい香りを活かすことで、食材を美味しい一皿へと昇華させる。

ビリヤニも“香りの食べ物”だと思う。

カレーが煮込み料理だとすると、ビリヤニは炊き込み料理だ。「入り口の手前からビリヤニのいい香りがしてました!」と出店しているとよく言われるが、カレーをグツグツ煮込むよりも、ビリヤニを炊き込むことでたくさんの蒸気が出て、いい香りが外の道まで広がっていく。

ビリヤニには、カレーからは決して得られない“香り”の広がりがある。具材やスパイス、バスマティライスの香りが渾然一体となり、炊き込むことによって蒸気と湯気が上がり、いい香りの広がりをつくる。

逆に以前、試作で伊豆諸島でつくられている発酵食品“くさや”をビリヤニにしたら、嫌な匂いが部屋中に充満し、大失敗したことがあった。それは極端な例だが、臭みのある食材をビリヤニとして、より美味しく昇華させるのは難しい。

ビリヤニにすることで、使う食材をより美味しくするにはどうしたらいいだろうか。使う食材は、ビリヤニにするに足るものなのか。そんなことを常に自分に問いかけながら、ビリヤニの試作を続けている。

 

スパイス仙人との邂逅

ビリヤニに使う具材の話をしてきたが、スパイスも同じだ。どんなスパイスを、どこで仕入れ、どう使うか。

東京でスパイスを買う手段はいくつもある。新大久保のイスラム横丁、上野アメ横、蔵前のアンビカショップ、代々木上原の東京ジャーミイという日本最大のモスクにもスパイスは売っている。興味のある方は、ちょっと勇気を出して、入ってみて欲しい。

流しのビリヤニの始めた頃、さまざまなスパイスを試すなかで、スパイスの師たる人物に出会った。当時仕事で関わっていたイベントに、大遅刻してケータリングをしに来たスパイス料理屋さんの店主だ。その人の持ってきたカレーを食べて、その美味しさと香りの複雑さに感動した。

その人のお店は4人しか入れない極小サイズで、営業時間は公開されているが、いつも閉まっている。電話してもたまにしか出ない。正直どうやって生活しているかもわからない、仙人みたいな店主。

全ての料理を仕込みなしでイチから作るため、提供の遅さから、入店から退店まで4時間は必要。途中に使っているスパイスを説明してくれるショータイムが開かれる。使っているスパイスが、どんなところで作られていて、どうやって手に入れて、どんな香りがするか、懇切丁寧に説明し、体験させてくれる。スパイスや料理への変態的なその姿勢はいつみても楽しいし、会うたびに新しいことを教えてくれる、私にとってのスパイスの先生のような人だった。

カルダモン&シナモン

その人は、さまざまなスパイスを独自のルートで世界中から仕入れているらしい。特に、その店のスリランカから仕入れているシナモンが格別だった。ラグジュアリーブランドが香水を作るのに、最高のシナモンを農場単位で買い占めてしまうらしいのだが、そんな農園と仲良くなって、世界最高級のシナモンを日本に仕入れているとのことだった。そのシナモンの香りの中には、いちごのような果実感もあり、いままで嗅いてきたどんなスパイスよりも魅力的な香りだった。これはビリヤニにしたい…!!

そんな特別なスパイスとの出会いと、その店主のスパイスと料理への偏愛に感化され、ビリヤニづくりが加速していった。

 

柔らかく調和する国産素材の香り

流しのビリヤニとして様々な場所でビリヤニを作っていると、さまざまな造り手に出会う。その造り手たちにお題をいただき、毎回試行錯誤しながらビリヤニを作る。

クロモジ

日本の森林資源の活用に取り組む「日本草木研究所」とともにビリヤニをつくったことがある。彼らのつくる「フォレストシロップ」は、国産のモミ・アカマツ・黒文字・杉・ヒノキをシロップにしており、森の中で深呼吸した時のような森林浴的な香りがする。お店ではそれをソーダで割り、ビリヤニに合わせるノンアルカクテルとして提供している。

そんな「日本草木研究所」が採集した日本の草木を使って、ビリヤニが作れないかというお題をいただいた。せっかくだから外国産の材料はなるべく使わずに、美味しいビリヤニを作りたい。預かった草木は、クロモジの枝、月桃の実、ニッケイの葉。それぞれの香りを嗅いでみると、繊細かつ、どこか懐かしい感じの素朴な香りがする。外国産のスパイスには香りをぶつけ合うような激しさがあるのに対して、日本の草木はそれぞれの主張は強すぎず、混ぜることで調和をもたらすような香りがした。外国産のスパイスは個々の香りが強いから、日本の草木の香りを消してしまう。必然的に外国産のスパイスは使う必要がなくなった。

そこにゴボウを加えたら、葉と実と枝にさらに、根や土の要素が加わり、ビリヤニの中で樹木が完成するのではないか。ゴボウの香りが、ビリヤニの根っことして、しっかりと全体を支える。日本の草木を粉にして、ゴボウと鶏もも肉とヨーグルトとマリネし、一晩漬け込む。それを特性のビリヤニ用の醤と混ぜて、バスマティライスと炊き込んでゆく。日本の草木だけで、ビリヤニってつくれるんだ。そんな新たな気づきがみつかる試みだった。

「日本草木研究所」とのイベントで作った、日本の草木で香りづけした一皿

新しい食材で試作をするたびに、ビリヤニと食材の間に入り、両者の仲を取り持つ仲介役のような気持ちになる。ビリヤニと食材をうまく調和させることで、足し算ではなく、掛け算のように香りが広がっていくことがある。

いい香り、好きな香り、面白い香りを、より引き立たせるための媒介としてのビリヤニ。スパイスも具材も香りを引き出すための要素であり、それらがうまく噛み合ったとき、そのビリヤニからは“快楽的な香り”が漂ってくるだろう。

そんなビリヤニの快楽を求めて、“流し”を続けて行きたい。