元自衛隊の経歴を活かしたネタで人気に火がつき、今では引っ張りだこの存在となったピン芸人のやす子。そんなやす子が、2022年12月20日に「暇だったので曲を作りました」と、Xに自作曲「はじめてのきょく」を投稿し、そのクオリティの高さに大きな注目が集まった。その約半年後、2023年7月7日には、オリジナル曲5曲を配信リリースするなど、やす子からは強い“ヒップホップ愛”を感じる。後編では、特にどんなアーティストに魅力を感じるか、楽曲制作の秘話、そして、やす子にとっての“リアル”とは何を意味するのかを訊いた。
“唯一無二感”と、“ヒップホップに魂を売っている感じ”にグッとくる
前編でも好きなアーティストについて語りましたが、今でもやっぱり、パッと聴いたときに「かっこいい」という印象が一番先に来るようなアーティストが好きで、SEEDA さん、KOJOEさん、仙人掌さん、ISSUGIさんなどをメインで聴いています。でも、Nujabesさん、NF Zesshoさん、JUMADIBAさん、C.O.S.A.さん、どんぐりずなどの、一捻りあるような個性派のアーティストの楽曲も好きで聴いています。
でも、決してアンダーグラウンドシーンのアーティストだけを選んで聴いているわけじゃなくて、BAD HOPや舐達麻さん、そして最近よくテレビでも拝見する呂布カルマさんなどの楽曲も聴いています。自分は「アンダーグラウンド」を好んでいるのではなくて、“唯一無二感”がある人を好んで聴いているんだと思います。自分の生活圏ではインプットできないような曲をサンプリングしていると、「どこからサンプリングしたん?」って驚いたり、ありふれた言葉じゃないリリックを聴いてハッとさせられたり。例えば、NF Zesshoのアルバム「Bad Vibes Only」のサンプリングのセンスの良さや、リアルなのにリリシカルでオシャレなリリックの言い回しにはグッときますね。ほかにも、C.O.S.A.さんはどっしりしたラップをするのに、一節一節や歌い方にどこかやさしさみたいなものがあって、感情がしっかり伝わってくる。そんなふうに、「自分のスタイル」を確立できているアーティストが好きだな、と思います。
あともう一つ。「この人、ヒップホップに魂を売っているな」っていうのが伝わってくるアーティストは大好きです。例えばFebb(※1)さんが楽曲によって自分の名前を「エフ・イー・ダブル・ビー」と言ったり、「エフ・イー・カップル・ビー」と言ったりするんですが、それを聴くとヒップホップ・カルチャーへのリスペクトを感じてグッとくるんです。ラッパーは自分の名前の綴りを、そんなふうに分解して言うことがあって。英語の発音もヒップホップのルーツを意識しているような感じがして、素敵だなと思います。
(※1)Febb:Fla$hBackSのメンバーとして活躍したラッパー。2018年に逝去。
聴いてくれた人が、「なんかやす子っぽいな」って思ってくれたら満足
自分で楽曲を作り始めたきっかけは、純粋に「かっこいいトラックを作りたいな」って思ったから。とはいえ、まずは場数を踏むのが大切だなと思って、そのとき思ったことを衝動的に作るところから始めました。例えば「花粉辛いなー」って思って、「多分花粉」を作ってみたり。でも正直自分が作った曲で好きなのは「はじめてのきょく」だけで、あとはダサいなーって思っています。それは、リミックスや調整をしていない、いわゆるデモテープだからっていうのも理由の一つなんですけど。今の自分がリミックスまでしたら、ただの真似事になっちゃう気がするし、今はこの荒さがちょうどいいかなとも思っています。
でも、やっぱりNujabesさんが音だけで季節感を表現するのとかを聴いていると「いつか自分も自分でいいなと思えるものを作りたいな」と思うし、dodoさんの「she got」のラップを聴いていると「こういうラップしてみたい」って思うし、呂布カルマさんの「天竺」を聴いていると「トラックから物語を感じさせるような楽曲を作りたい」とかって思います。やっぱり、好きな楽曲を聴いていると、楽曲制作の欲が出てきますね。
とはいえ、今は曲を作っている時間はありません(笑)。だから、今自分がリリースしている楽曲は、「聴きたい人は勝手にどうぞー」って思っています。でも、衝動的に作ったものをSNSにアップしたら一気に拡散されたので、やっぱり「音楽の力」ってすごいんだなー、と改めて思いました。「芸人らしく明るく作ろう」というのは意識したので、聴いてくれた人が「なんかやす子っぽいな~」って思ってくれたら、今はそれで充分です。
やす子のTシャツコレクション
私にとっての“リアル”とは何を意味する?
自分がヒップホップを聴き続ける理由は、きっと「共感できる部分が多い」からなんですよね。自分は「夢は叶う」みたいな“キラキラした曲”はちょっと苦手で、「何やってもダメだったわ」みたいな“共感できる曲”に惹かれます。もちろんロックは好きで今でも聴くのですが、ヒップホップには共感できる部分がより多い気がします。
ただ、別に「悪い部分」を歌っている=「リアル」とは思わなくて。表現するのが難しいんですが、「言いづらいこと」を代弁してくれたり、「触れちゃいけない部分」をあえて言葉にしてくれたりするところに「リアル」を感じているんだと思います。例えば、SWANKY SWIPEの「評決のとき」を聴いていると、「話したいけど誰にも話せないから曲にしたのかな?」と思ったりするんです。そういうタブー視したり・されたりすることをリリックにしてくれるのは、リアルであると同時に、誰かにとっての「寄り添い」でもあると思います。それに、そういう類のリアルさって、日本に欠けているものな気もするんです。日本では謙虚さが美徳とされがちで本音を言わない文化がありますよね。だからこそ、本音を代弁してくれるヒップホップに「リアル」を感じて、惹かれる人やグッとくる人が多いのかな、と思います。
自分がヒップホップに惹かれる理由もまさにそれで、自分が一番 “リアルじゃない”と思うものは、“自分自身”です。イエスマンでいつもニコニコしちゃう自分はリアルじゃないなー、ヒップホップじゃないなーって思います。でも、ヒップホップは自分の代わりに「言えないこと」をリリックでポップに「代弁」してくれる。だからヒップホップから受ける衝撃は大きいし、学ぶこともあるし、聴いていて心地よいんです。そんなヒップホップを、これからも聴き続けると思います。
Text by 那須凪瑳