何気なく始めた焚き火が人生の転機となり、ワークショップの主宰や専門書籍の執筆、メディア出演など、さまざまなアプローチで焚き火の魅力を発信する猪野正哉。そんな彼の目標は「焚き火を日常に取り戻すこと」。この連載ではキャンプ場以外での焚き火ルポを通して、ロケーションによって様変わりする焚き火の魅力を全5回にわたり紹介していく。第1回の舞台は北海道釧路市。

昔みたいに気兼ねなく焚き火がしたいのに。

“焚き火マイスター”という肩書きで、生業を立てているのは、日本全国を探しても私しかいない。
「何者?」感が半端ないが、簡単に言ってしまえば、イベントなどで薪に火を点けたらお金がもらえてしまう希有な仕事である。しかしこれだけでは生活は厳しく、このようにウェブや雑誌で焚き火関連の執筆をしたり、テレビやYouTubeでの焚き火シーンを監修させてもらっている。驚くかもしれないが私自身もコレで生活ができているから驚きである。

とはいえ、「火起こしなんて誰でもできる」と思いがちだが、マッチやライターを使いこなせない大人が多くいることをワークショップで目の当たりにした。
私の場合、田舎で育ったことで焚き火が遊びのひとつで、マッチやライターは遊び道具として身近にあり、自然と使いこなせるようになっていた。使いこなせないことが決して悪いことではないが、私にとっての“当たり前”とかけ離れていることは確かである。

このご時世、喫煙者が減り、オール電化の普及で“火”に触れる機会がなくなり、生活の一部から離れた存在になってしまっている。その一方、キャンプシーンではアクティビティのひとつとして盛り上がっている。嬉しいことではあるが、ちょっと腑に落ちないところがある。
それは、場所である。
焚き火といえば、庭や神社などで行っていたが、いまは「キャンプ場=焚き火」になってしまっている。一昔前までなら、どこでもできて、私にとって焚き火は、日常の延長の位置づけだったので、気軽にできないことはどこか寂しく思えてしまう。火災の恐れや煙問題を考えてしまうと仕方ないことは重々承知せざるを得ない。
ただ完全にできない訳ではなく、条例や消防署の許可、近隣住民の理解などをクリアできれば、街中でも焚き火ができるとはされている。

そんななか、日本全国には焚き火ファンが多く、意外な場所で焚き火イベントが実施されているので、そのルポを紹介したい。
私の企みとしては、『安全安心、簡単に焚き火ができるようになるハウツー』の伝授はもちろんだが、『昔のように、気軽に焚き火ができる』ようになればと思っている。

焚き火の向こうに、世界三大夕日が燃える街。

今回、訪れたのは北海道釧路市。世界三大夕日のひとつの場所であり、幣舞橋から見る夕日は抜群にキレイだ。ちなみに残りの2つは、インドネシアのバリ島とフィリピンのマニラである。

話は逸れるが、ここ一年で木彫り熊や木製のオブジェにハマり、骨董市や民芸品店を回り、集めている。あっという間に、30個以上は買い漁り、自分でも驚くほど焚き火で稼いだお金をつぎ込んでいる。
それには理由があって、あるとき“灰になってしまった薪”を見ながら、悲しい気持ちになってしまったからである。薪を燃やす行為は悪いことではないが、せっかく育った木を伐採し、それを自分都合で燃やしていたことに罪悪感を持ってしまった。それ以来、『木を残すこと』という選択肢が芽生え、それが木彫り熊などの収集に繋がっている。
がむしゃらに燃やしていたころは、街中を歩いていても目に付くものを「これは燃えそう、これは燃えなそう」などと重い仕事病にかかっていた。
木に対して優しくなったと考えると焚き火の炎から出る“癒し効果”の影響かもしれない!?

話を戻すと焚き火会場になるところは、この橋から歩いて5分ほどの場所で、船が停泊する脇の緑地帯だ。普段はもちろん焚き火はNGだが、イベント時には開放してくれている。
主催はアウトドアショップ“EHAB”と“釧路夕焼け倶楽部”で、今年が2回目となる『釧路夕焼け焚き火会2023』にお邪魔した。

じつは焚き火撮影のシンデレラタイムは夕暮れ時とされている。陽が落ちてしまうと焚き火は映るが、照明を当てないと人物や道具が真っ暗になってしまう。カメラ機能が向上はしたものの人は動いてしまうとブレブレになってしまう。
自然光だけで撮るなら、夕焼けと炎が相まみえる瞬間を狙うのがオススメである。

なので、日本一の夕日スポットのこの場所が、日本一焚き火が映える場所ということにになる。残念ながら、主催者の一人である“夕焼けおじさん”こと芳賀久典さんの【夕日と夕焼けガイドツアー】に参加しており、もっと良いシャッターチャンスは逃してしまった…。

この焚き火と夕日のイベントコンセプトは釧路ならではで、横を向けば、船がズラリと停泊しているロケーションは群を抜いている。
またホテルも近くに多くあり、煙の臭いが付いてしまっても、シャワーで洗い流せば、夜の街へと気兼ねなく消えていけるのは嬉しいかぎりだ。もし煙の臭いが付いたままだとしても炉端焼き発祥の地ということもあって、煙の匂いには寛容な街なので、気にしなくてもよい。

また地元カフェがケータリングで来ていて、その土地でしか飲めないお酒に出合えたりする。隣町の厚岸町にある“厚岸ウイスキー”は幻のウイスキーといわれるほど、地元民でさえ入手困難ではあるが、ここでは提供されていたので、ハイボールを飲んでみた。
価格は高いが…、スモーキーで焚き火を肴に飲むには最高の逸品であった。

ほろ酔いでの焚き火は、コミュニケーションの潤滑油になり、はじめましての人が多くとも自然と会話が弾んでしまう。明日には忘れてしまいそうな、どうでも良い話をするのが好きで、真剣な表情ではあるが、お正月の雑煮の具について話していた。
焚き火を前にしたら、“語ったり”“相談したり”“カミングアウトしたり”のイメージがあるが、決して、そんなことはない。炎をジッと見つめているだけでも場は成り立つし、無理に話さなくても【無言のコミュニケーション】が生まれるので思い思いに過ごしてもらいたい。

いまは特別な場所での焚き火かもしれないが、継続していくことで、いろんな人に夕日と一緒に焚き火を楽しめるようになってほしいし、キャンプ場では味わえない焚き火がもっともっと増えればと思い、次なる土地へと向かってみる。