お笑いコンビ「馬鹿よ貴方は」のボケを担当している、平井“ファラオ”光に<偏愛>している物について語ってもらう連載企画。第一回目は、ハローキティについて。サンリオのとりこであり、サンリオピューロランドに通い続けているファラオに、ハローキティの真髄を訊いた。サンリオの数々のキャラクターの中でも、特に認知度が高い理由とは? そして、ファラオにとってのハローキティとはどんな存在なのだろうか?

 

芸人仲間とレディキティハウスにて。

来年50周年を迎えるサンリオの明るく優しい女の子、ハローキティ

この度5PM Journalさんにて、自分の好きなものに関するコラムを書くお仕事をいただいた。元々好きなものの魅力を人に伝えたいという想いは強い方だし、こういう機会でないとなかなかじっくり語れる場のないジャンルもあるので、とてもありがたいお話である。

さて記念すべき第一回目のテーマだが、豆腐の精神性理論や、笑いは猛毒理論について書こうかとも思ったが、色々考えた結果ハローキティについて書くことにした。

なんでってあんた、つい先日11月1日はまさにキティちゃんの誕生日であり、2024年には1974年(THE ALFEEと同期)から数えてついに50周年を迎えるからである。

そもそも僕は大のサンリオキャラクターのファンであり(そのあたりの経緯やら何やらに関しては僕のnoteをご覧ください)、サンリオキャラクターファンである以上は、例え推しキャラクターが他にいたとしても(現に僕の一推しはクロミさん)、ハローキティというキャラクターに対するリスペクトの気持ちは絶対に捨ててはならないものなのだ。

キティちゃんに関して、日本が誇るKAWAII文化の最高峰であるサンリオのキャラクターであるということは、今さら説明するまでもないだろう。ではなぜキティちゃんが今や国民全員が知る偉大なキャラクターとなり得たのか。ここではその本質的な魅力について追究していこうと思う。

ハローキティとはつまり、「愛」なのだ。

そもそもキティちゃんがデビューした70年代当時は、諸々の文献を調べると実は今ほどの人気キャラクターではなかったようだ。それが1980年になり、キティちゃんの3代目デザイナーに山口裕子さんが就任。大人向け商品の展開や時代に合わせたデザインの変化など、様々な試行錯誤を重ねキティちゃんの人気を拡大していった。そして90年代後半、当時の著名人がキティちゃんファンを公言したことも手伝い、ついに人気が爆発。以降世にハローキティ大旋風を巻き起こし、毎年行われるサンリオキャラクター大賞では12年連続1位というシャレにならない記録をも打ち出した。

そこからのキティちゃんの活躍については多くの人が知るところだろう。外を歩けば全方位にその可愛い顔。もはや歯医者よりも多い。そして今では世界的にも非常に有名なキャラクターとして大活躍中である。

そんなキティちゃんの本質的な魅力とはいったいどこにあるのか。

ハローキティ、その偉大なるキャラクターを一言で簡潔に表すなら、それは『愛』である。

サンリオという企業が生まれてから今や半世紀以上。その起業当初から今の今に至るまで、一切ぶれずに掲げ続けている企業理念、それは『みんななかよく』という非常にシンプルなもの。それは創業者が、若い時分に戦争を経験していることがルーツとなっている。我らの世代にとってはどこか非現実的なものにも感じてしまう戦争という地獄のような体験があったからこそ、『みんななかよく』という奇をてらわないストレートなメッセージを、最も難しい理想論ともいえるようなメッセージを、60年以上に渡り伝え続けているのだ。

そしてそんな創業者の想いは、全ての可愛いサンリオのキャラクター達に受け継がれている。そしてその中でもその理念を体現し続けているのが、イギリスはロンドン郊外出身、身長はりんご5個分、体重はりんご3個分、好きな食べ物はママの作ったアップルパイ、将来の夢はピアニストか詩人、愛の伝道師ハローキティというわけである(双子の妹もいるよ)。

いつも心にハローキティ(愛)を。

「愛」と表現する、キティちゃんとの2ショット。

ではそんなキティちゃんが、どのようにその愛を世に発信し続けているのかというと、その活動は実に多岐にわたる。サンリオピューロランドでのパレードやショーにおけるパフォーマンスや、グリーティングでの対応、SDGsなどの社会貢献活動、様々なコラボなど、彼女のあらゆる活動の中にサンリオの企業理念が根付いているのだ。

僕がそもそも最初にハローキティというキャラクターの本質を垣間見たのは、サンリオピューロランドにおける『Miracle Gift Parade』というパレードである(このパレードについて書き始めたらまた長くなる)。

序盤におけるキティちゃんの登場シーン。ゴンドラに乗って空から降りてくるあの神々しいまでのカリスマ性。まずその圧倒的なオーラに当てられ、壁にめり込むほど吹っ飛ばされた記憶がある。

しかしストーリーの中において、絶望的な状況下でも悪役の心に寄り添い、相手を理解しようとする姿勢を見せるシーンがある。このキティちゃんの行動に明確なサンリオのスピリットが宿っているのだ。

重要なのはキティちゃんは別に雲の上の存在ではなく、実は誰に対しても身近な存在でいてくれているということ。

例えばサンリオピューロランドに『レディキティハウス』というアトラクションがあるのだが、そこでは必ずキティちゃんとグリーティングができるようになっている。サンリオピューロランドのグリーティングは、会えるキャラクターが日によって異なる中で、キティちゃんだけはいついかなる時も会いに行けば会えるのだ。キティちゃんが誰でも手が届くところにいてくれる。これがどれだけ素敵なことか。そしてグリーティングの対応の素晴らしさたるや……。

もっと言うなら、こちらから会いに行けない時も、身の回りのちょっとした日用品などにキティちゃんは必ずいる。めっちゃいる。まじでいる。キティちゃんは仕事を選ばないなどと揶揄されたりもするが(本人的には選んだ上であの仕事量になっているらしい)、完全な形ではないにせよ向こうからも会いに来てくれているということだ。

可愛いものは人の心を癒す。サンリオは、ハローキティはいつもそこにある。まるで人の生きる栄養源である酸素のように。

他にも細かく見ていけばキティちゃんのちょっとした一言や行動が心に響くものだったりもするのだが、重要なのは彼女の様々な活動を通してこちらがその愛を『感じられる』こと。

愛とは目に見えぬものゆえ、直接的に伝えるよりも感じるところにこそ本質があると思う。実はキティちゃんに口が描かれていない理由は、本当に伝えたいことは態度で示そう、という考えからだという。

勿論愛とは時代や国や人によって感じ方も変わるもの。中にはキティちゃんの愛が届かない人も当然いる。それでも彼女は頑張っている。時代を読み、様々な国や地域に行き、様々な人の価値観に理解を示し、その愛を届けようと努力している。『みんななかよく』という現実的に見れば実現不可能ともいえる理想に少しでも近づくため、努力することこそが重要であることを知っているのだ。

いつも心にハローキティ(愛)を。これをなるべく心がけねばという想いは僕にもある。ゆえに愛用ベストの胸ポケットにキティちゃんの御守りを入れていたりするのだが、現実は色々と複雑だ。しかしキティちゃんから学び、人として間違いなく成長しているという自覚もある。

これからも尊敬できるとても大好きなキャラクターとして心にいてもらおうと思っている。

そんなわけで長々とキティちゃんについて書かせていただいたが、ある文献では世界が本当に平和になったとき、キティちゃんはその役割を終えると書いてある。しかし50年間みんななかよくというメッセージを発信してきたとはいえ、ご覧の通り世界にはまだまだキティちゃんが必要である。

このままいけばそう遠くない未来、キティちゃんはある種の概念のような存在として見られるときが来るかもしれない。♥マークに代わってキティちゃんの顔が使われるようにもなるかもしれない。しかしキティちゃんにも魂がある。疲れもする。過去には『キティだって休みたいときがあるんです。』という写真集も出版している。

我々もキティちゃんに頼りすぎず、でも疲れたらやっぱり頼りながら、これからも素敵なお友達として付き合っていこう。

でもさすがにキティちゃんも虫歯は治せないので、キティちゃんの次に身近な歯医者も頼っていこう。

 

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