もくじ
豊かな生活に繋がる選択肢としてのupcycle-beer
―「パン屋」としてのモノづくりにこだわりつつもビールを生産しているというのは、日本だとほとんど例のないことだと思います。吉岡さんとしては、「パン屋」は必ずしもパンを作らなければいけないわけではない、というお考えなのでしょうか?
吉岡:そうですね……最適なモノをお客さまに提供することが大切ですから、パン屋である以上パンがモノづくりの過程に登場すれば、最終形はパンでなくとも良いと思っています。
―「パン」が関わる、という部分は譲れないところなのですね。パンに対する深い愛情を感じます。
吉岡:……実を言うと、私はパンが好きでパン屋になったわけではないんです(笑) 社会からドロップアウトしていた自分を拾ってくれたのが栄屋製パンで、そこが扱っていたものがパンだった、というだけの話なんです。
でも、どうしようもない自分を救ってくれたパン屋に恩を返す感覚で、30年以上全力でパンを作ってきた中で、気づけばプロのパン屋として誇り・ノウハウ・スキル・知識をたくさんの先人たちから得ていました。
そんな自分が50代になって、得てきたものを社会に「還元する」立場になったのではないか、と考えるようになったんです。
―何かきっかけが?
吉岡:きっかけはupcycle-beerを立ち上げる直前に突然患った、歩けなくなる病です。その時まで「経営者として精神が疲れてしまわないようにしなければ」と思っていたぶん、身体の健康なんて全く気にしていなかったのですが、医者から「一生車椅子生活かもしれません」と伝えられた時「人間って死ぬんだな」と体感しまして。だったら、生きている間にやりたいことは”今”やらないと、と思い直した時、素材を持っていながら「いつかやろう」と保留していたトーストエールが頭に浮かびました。
吉岡:ばかげている話かもしれませんが、音楽活動に没頭し過ぎて親から勘当されるような若造だった頃の「自分を表現したい!」という欲求が再び湧き上がってきたんですよね。「最後までやりきれないかもしれないからやらないでおく」と理由をつけて逃げるのではなく、途中で倒れてもいいから、パン屋/モノづくりのプロとして培ってきたものをすべて社会に還元して、お客さまの暮らしが少しでも豊かな生活になればな、と。捉え方によってはとても自分勝手かもしれません(笑)
―お客さまに豊かな生活を提供したいという想いは、決して自分勝手ではないと思います。吉岡さんの考える「豊かな生活」とはどのようなものなのでしょうか。
吉岡:「満たされている」と実感しながら日々を過ごせるような暮らしですかね。
現代人って、ある程度は満たされていると思うんです。食品も、服も、「物足りない」と感じた時に選び取れる品物にはたくさんの選択肢があります。
ですが、それ以上に生活者の価値観が多様になってきました。昔は安い/高いが何よりの基準となっていましたが、今は原料のバックグラウンドであったり、パッケージの可愛さ/おしゃれさであったり、商品のストーリーであったり……何を大事にするかの軸が違います。
upcycleはビール以外でも「新しい価値」のあるモノを生む
―先ほど「価値のあるモノ」という話がありましたが、吉岡さんとしてはどういった価値を提供したい、という軸はあるのでしょうか。
吉岡:「お客さまにとって”現在の生活にはないが、自分が共感できる背景・ストーリーがあるモノ”」を提供したいですね。
どんなに見た目が良くて、どんなに安くても、機能面のみに頼って購入するとつい人と比べてしまうと思うんです。するとどうしても、不安に駆られながら、時に虚栄心を満たしながら生きることにもなってしまう……そんな生活ではなく、しっかりとしたクオリティでありながら「自分はこれが好き」と思えるはっきりとした理由があるモノを取り込んだ生活を送って欲しいなと思います。upcycle-beerをはじめ私たちが作るモノの背景・ストーリー・想いが「これが好きだ」と思える理由、新しい価値になれれば嬉しいです。
だから、美味しさなどのクオリティの追求は言ってしまえば最低条件です。モノづくりのプロとしての矜持、と言うと大袈裟かもしれませんが。
―では、お客さまにその新しい価値を提供していくために、Better with UPCYCLEのブランド全体で考えられている今後の展開などを伺ってもよろしいでしょうか。
吉岡:まずupcycle-beerはもっと磨き上げていくつもりです。お客さまに「選ぶ喜び」を感じていただくためにも、理念が共鳴したブルワリーさん・同志をどんどん巻き込んでいきたいですね。
ブルワリーさんの関わり方は、「生産ラインに余裕がある/原料が必要以上に揃ったときだけupcycle-beerブランドのビールを製造していただく」「upcycle-beerを使って期間限定フレーバーへの反応を調べてみたい」など、どんな形でもいいと思っています。もし私たちに興味を持ってくださったブルワリーさんがいらっしゃれば、全国どこでも直接話しに行きますし、生産スケジュールの調整もお手伝いします。根ざす土地に誇りを持つブルワリーさんが多いので、そのアイデンティティを製品に乗せる手段の1つとしてオリジナルの地図を作る、なんてことにも挑戦中です。
吉岡:それにビールに使うパンの耳は少量ですから、活用できるパンの耳はまだありますし、活用できていない米ぬか・コーヒーがらといった資源が眠っている企業も多いはずです。なので、ブルワリーさんだけでない企業とも手を組み、新しい形のビールを展開できるポテンシャルもあると考えています。
―Better with UPCYCLEとしてはビール以外の製品も作ることも視野に入れられているのでしょうか?
吉岡:もちろん他のジャンルにもチャレンジしたいです。upcycle-beerを始めて様々な人に出会ったことで、可能性は無限にあると気づけたので。
例えば、わざわざ静岡から定期的に「このパンの耳を豚の餌にしたい!」と訪れてくれる畜産農家の方がいます。その方がうちのパンの耳を餌にして育てた豚を食べることは、海外産の飼料を使うよりも食料自給率向上に寄与できますよね。だから、その豚肉とうちのパンを合わせた加工品を作ってそこにupcycle-beerがあれば、「おいしい」だけじゃない価値が生まれて面白いと思うんです。
吉岡:畜産農家さんだけではありません。お世話になってきたリサイクルプラント*がパンの耳以外にもリサイクル資源を探しているときには、麦芽かすの処理に困っているブルワリーさんを私たちが紹介する……これもまた、パン屋をやってきたから私たちだからこそできる社会への還元です。
*廃棄物を再利用または再生する処理を施す工場
―あくまで「パンを使った○○」という軸はぶれないのですね。
吉岡:はい。「餅は餅屋」と言いますが、「パンはパン屋」です。つまりパン屋として学んできたことを最大限活かすことが、私にできる一番の社会への還元だと思っているので、パンに軸足を置きながらサステナブルな循環を形作っていきたいと思っています。
私たちがパン屋/作り手としてやってきたこと・知っていること・繋がりを、畑違いの企業と掛け合わせることで、どんな化学反応の結果をお客さまに提供できるのか……楽しみで仕方ありません。
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