マール・コウサカ

ファッションブランド「foufou(フーフー)」代表。大学卒業後、文化服装学院に入学。同校在学中の2016年に、アパレル企業にも席を置きながら、「健康的な消費のために」をコンセプトにfoufouを設立。正社員として働く傍らハンドメイドで洋服を作り続け、着実にファンを広げる。2018年からクラウドソーシングサービス「nutte」などを運営する株式会社ステイト・オブ・マインドと協業。実店舗を持たず卸も行わずに、SNSを通じて直接エンドユーザーに服を届ける形態が業界内外で話題に。2020年10月同ブランドに対する考え方や、服づくりの仕組みをまとめた、初の著書『すこやかな服』を上梓した。

「健康的」というオルタナティブを目指して

──「foufou」は、これまでアパレル業界において常識とされてきた店舗販売や卸売、またセールや広告出稿なども行わず、SNSを通じたプロモーションで販売を行う、新しいかたちのブランドとして注目を集めていますね。

 

マール:ありがとうございます。ただ、僕はfoufouでやっていることを、特別新しいことだと思ってやっているわけではないんですよ。foufouは昔から僕がアパレル業界に対して疑問に思っていたことを、疑問に思わないかたちにしただけ。たとえば気に入って購入した服が、2週間後にセールで3割引になっていたら、「定価で買った自分は……」って思いますよね。過剰供給によって売れ残った服が廃棄されるような現状にも、違和感がありました。

 

でも、別に最初からそういったことに何か戦略があって始めたわけではなく、あくまで自分として当たり前だと思うことを淡々とやってきただけなんです。だってはじめは、自分ひとりハンドメイドで洋服を作っていて、やれることも限られていましたし……。そういったなかで、試行錯誤しながらお客さんにも自分にもヘルシーなかたちを模索していった結果が、いまのfoufouなんです。

マール・コウサカ

──ブランドコンセプトとして「健康的な消費のために」という言葉が掲げられていますが、そこには従来のアパレル業界の慣習から距離を取りたい、という気持ちがあったんでしょうか?

 

マール:距離感は意識していますが、それより単純に「自分がアパレル業界に向いてない」というほうが近いと思います。自分が就職活動しているなかで、ひとつ印象的な事件があって。アパレル業界って外から見ると、すごく華やかなイメージがあるじゃないですか。ある大手アパレルブランドの説明会に行ったら、素敵なホールを貸し切ってパーティみたいな雰囲気で始まったんです。で、偉い人が出てきて話し始めたら「アパレルは実際、こんな華やかな業界じゃない」って言われて、ズッコケそうになったんですよね(笑)。それで、「本当に自分には既存のやり方は向いてないんだなあ」と実感したんです。

 

──そこから、どうやってこのコンセプトにたどり着いたんですか?

 

マール:僕はもともと、クレジットカードの限度額まで洋服を買うような人間だったんですけど。自分が求めていた、いや求めていた以上の「いい服」に出会って、それを着ているといつもの街が違って見えたり、背筋がのびて自分じゃなくなったような高揚感を持ったりすることってあるじゃないですか。そんな「ファッションの魔法」に魅了された原体験があったんです。

 

でもあるとき、高い服を着ているから強気になっていたけど、「自分には何もないな」って気づいたんですね。それで「こんな身の丈に合わない高い服売ってくるなんて悪いやつらだ」とか、若かったから思っちゃって(笑)。

マール:そもそもファッションって、自分のスタイルがないとカッコよくないと思うんです。自分のスタイルを持っている人って、ボロボロの服を着ていても、カルチャーが違ってもカッコいい。じゃあスタイルを持つのに何が大事かというと、何に影響を受けているかとか、バックボーンが大切で。

 

だから、foufouを始めた当初は、プロダクトの質や価格においての「健康的」を考えていて。洋服にかけるコストが下がった分、浮いたお金でお客さんが、何かいろんなカルチャーのイベントを体験したり、さまざまなライフスタイルを楽しんだりできれば「自分のスタイルも持つことができてヘルシーじゃん」「そういう自分のスタイルを持つ人が増えたらいいな」という思いがありました。少なくとも「僕みたいな犠牲者を減らしたい」みたいな(笑)。すごく勝手な言い方ですけども。

 

──なるほど。

 

マール:で、やっていくうちに、本当に「健康的な消費」をしてもらうには、まず洋服自体が健康的に作られる必要がある、ということに気づいたんですね。そこで生産に関わっている人全員に対して適切な賃金が支払われることや、縫製職人が育っていくことといった、生産部分における「健康」についても、少しずつ考えるようになっていきました。

「foufouを構成している要素を分解し、本当にずっと残していきたい考えや姿勢を書き出した」という初の著書「すこやかな服」(晶文社)

──ヘルシーなファッションの生態系を作るということですね。

 

マール:そうそう。外側から見るとfoufouは、「SNS」や「非店舗」といった側面が目立つかもしれません。それも含め、既存のアパレル業界に対してある種のアンチテーゼではあるけれど、従来のやり方を否定しているわけではないんです。むしろうまく使えるならば、広告や実店舗などもやってみたい。

 

それから、サステナブルやエシカルといった文脈で語られることもよくありますが、そもそも僕は「ものを作る」時点で、環境に対してどうあっても加害者になってしまうと思っていて。だからこそ「無駄に作りすぎない」「なるべく廃棄しない」とか、自分たちのできる範囲で「シンプルでヘルシーな循環」を作っていきたい。

 

ただ、それらを押し付けるわけではなく、お客さんにはそういった文脈を知らずに、純粋にfoufouの服を楽しんでもらって、「いつのまにかその輪のなかにいる」というのが理想のかたちですね。

──手法に目が行きがちだけれども、まず「健康的」という文脈や独自のスタイルがあって、すべてはそのスタイルから派生していくのが理想だと。

 

マール:はい。本当に僕はただシンプルに「洋服を作って、それを売って、次またおもしろいものが作れて」というなんてことない当たり前な循環を続けていきたいだけなんです。だから、foufouをひと言で表すならば、「既存のルールのなかで、アティテュードや美意識を守りながら、ものづくりを楽しむメーカー」です。実は自分では、foufouのことを「ファッションブランド」ともあまり思っていないんですよ。

──foufouがほかのアパレルメーカーと大きく異なることのひとつに、SNSを起点とするお客さんとの関係があると思います。マールさんはお客さんとの関係をどのように捉えているのでしょうか?

 

マール:いちばん気をつけているのは、「自然体であること」ですね。SNS上においても、全国を巡って行う試着会にしても、誇張したり装ったりすることはありません。というのも、嘘なんてついたらあっさりバレてしまうのが、インターネット時代の特徴です。特にライブ配信は、見ている人にとっては一対一のようなものなので、人となりまで思いっきり伝わってしまいます。「嘘つかない」なんて人として当たり前の話になっちゃいますけど。

 

──だから、自然体であることを心がけている。

真っ黒なワンピースをシリーズ化した「THE DRESS」(写真・左中)と、foufouが作り続けている定番のトレンチコート(写真・右)(写真提供:foufou)

マール:はい。写真を見てもらえばわかりますが、foufouのビジュアルってクラシカルでキレイなイメージですよね。けれども、僕はライブ配信などでとてもよくしゃべる。だから配信を見ている人から「配信大好きお兄さん!」なんて呼ばれたり(笑)。

 

──クラシカルなブランドの、おしゃべりなデザイナー(笑)。イメージがかけ離れていてお客さんは混乱しませんか?

 

マール:はじめは僕もけっこう心配していたんですが、ぜんぜん大丈夫でしたね。今って夢を見るためには、お客さんのほうで自然に「憧れ」と「親近感」の距離感を身につけている時代なんだと思います。配信のときは親しみながら接してくれるし、noteを書いたり本を出したりしたら真面目に読んで感想をくれる。foufouの服に触れるときは、憧れの世界として楽しんでくれます。

 

簡単にいろんな情報が手に入る時代だからこそ、適切な距離感を取らなければ、さまざまなことを知りすぎてしまう。逆に言えばそうしないと、憧れを抱いたり夢を見たりすることもできません。僕も何かを受け取る立場のときはまさしくそうですが、今のユーザーはそういった適切な距離感をチューニングする術を身につけている。お客さんのおかげで、こちらも自然体でいられるんです。

新作やカタログ、ときに上がったばかりのサンプルまで紹介する、デザイナーのマール・コウサカ氏本人によるインスタライブの模様

──マールさんがお客さんのことを信頼していることが伝わってきます。ところで、foufouにとってお客さんとは、どのような存在なのでしょうか? たとえば仲間とか?

 

マール:よく、距離が近いから「仲間」や「友達」のような関係を持っていると思われがちなんですが、僕はむしろ「お店の人とお客さん」という距離感が、とても自然体なものだと思っていて。

 

だから、お客さんはあくまで「お客さん」で、仲間でもないし友達でもない。でも、かといって他人でもない。別に突き放した感じではなくて、「お店の人とお客さん」という関係だからこそ、お客さんは責任を負わずにその場を楽しむことができると思うんです。日々のさまざまな人間関係とちょっと距離を置いたところにある「お店とお客さん」って気持ち良くないですか? ちょうど、よく行く飲み屋のマスターと常連のお客さん、といった関係性に近いのかもしれません。僕にとって「お客さん」とは、そんないい距離感の存在なんです。

自分だけが力を持たなくてもいい。移り変わる「社会」の捉え方

──お話をうかがっていると、マールさんはいつもアパレル業界の常識を疑いながらオルタナティブな可能性について考えていることがわかりますね。

 

マール:ただ最近、僕らも大きなメゾンやファストファッションのメーカーなどがあって存在できると感じています。大きなメーカーがあるから生地を調達できるし、ファッション好きな人々の人口も維持されています。僕たちもまた、アパレル業界に生かされているんです。

マール:だから、どこにも潰れてほしくないですし、決して既存のアパレル業界を壊したいなんて気持ちもありません。僕自身、アパレルメーカーに在籍していた時期があるのですが、周囲の人たちは当たり前ですがみんな一生懸命に仕事をしていました。誰も業界を悪くしようなんて思っていません。それなのに大量生産による廃棄とか不当な労働とか、不健康なシステムが改善していかないのは、構造自体にねじれがあるからだと思うんです。

 

──マールさん自身、そういった業界の「不健康なシステム」に対し、考えていることはありますか? また今後手掛けていきたいことがあれば教えてください。

 

マール:僕なりに、そういったアパレル業界に対して変化を提供したいとは思っています。そのためにも、foufouのような小さなブランドを増やしていきたい。僕らのようにアンチテーゼを持ったブランドが増えれば、少しずつでも業界全体として変化が起きておもしろくなっていくはずなので。

 

それに、これまでファッションブランドを立ちあげるには、大手のメゾンやメーカーで経験を積んだ後に独立する、という流れが主流でしたが、今はCtoCサービスもたくさんあるし、nutteのように縫製を職人に頼めるサービスもある。もうこれまでとは異なるスタイルや文脈でブランドを作ることができる時代になっているんです。だから、これからfoufouのようにインターネットを使ったブランドが増えていくのは、ある種必然だとも思うんです。

 

──foufouも、もともとはマールさんの実家の6畳間から始まったブランドですものね。

 

マール:はい。そうなったときに、自分ひとりで情報や手段を独占するんじゃなく、一緒になって文化を作っていこうと、「teshioni」というクリエイターと縫製職人を繋ぐサービスを、パートナーであるステイト・オブ・マインドとともに作りました。

 

「teshioni」ではブランドを始めたい人を募集しているんですが、いま8つの小さなブランドを立ちあげて、そのなかでいくつかのブランドはすでに専業でやっていける状況まで育っています。そこに集まっている人たちは、アパレル業界の出身者ではなく、ブランドを始める動機と自分がやるべき必然性がある人たちばかりなんです。

 

──どんな方々がブランドを立ちあげられているんですか?

 

マール:たとえば、「Re:poris」というブランドは、デザイナー本人がオタクなんです。彼女は「推し活のための服」というコンセプトを打ち立てていて。イベント映えするドレッシーな装いだけど深夜バスで移動しても皺にならない服とか、コミケ用に500mlのペットボトルや同人誌が入る大きなポケットがついた服なんかを作っています。こういった人はファッションの文脈からは絶対に出てこないと思いますし、彼女自身がブランドをやる理由がしっかりそこにあると思い、teshioniでやることにしました。

 

──まさに、これまでの文脈とは異なる動機と必然性から生み出されたブランドですね。

 

マール:またブランドの育成だけでなく、職人の育成についても並行して考えています。いま日本では縫製職人の高齢化がどんどん進んでいます。このまま高齢化が進めば、小さなブランドが生まれても、日本で服を作ることができなくなってしまうかもしれない。

「職人たちのクリエイションが消費されないために」という想いで2020年8月にオープンした、渋谷のアトリエ(写真提供:foufou)

マール:そのため、渋谷の事務所にアトリエを作って、若い職人を育てるプロジェクトを行っています。彼らが育つことによって、僕らのような小さなブランドが洋服を作り続けられる環境を整えているんです。

 

──では、もう少し視野を広げて、社会全体としてはどのような未来を考えていますか?

 

マール:そこまで大きなことは考えていません。もちろん「社会を良くしていきたい」という気持ちはありますが、これまでの世代と僕らの世代で違うのは「社会」の規模感の捉え方なんじゃないかと思います。

 

──想定する社会の大きさが異なれば、同じ「社会」という言葉でもまったく意味が変わりますね。

 

マール:僕の親くらいの世代が「社会を変える」と言うときに、想定しているのは「社会全体」のことですよね。しかし、僕が想い描く「社会」はどちらかと言うと「コミュニティ」に近い。現状で言えばそれは、foufouに関わるスタッフやお客さん、そしてteshioniでいっしょに立ちあげたブランドたち、といった規模感です。そんな「社会」のなかで、自分の隣にいる人を大切にし、周囲から良くしていく。

マール:今の時代、誰もが自分でブランドを立ちあげられて、それぞれがやっていることも見えて、ゆるい繋がりを持っていられる。そのなかで十分インフルエンスできていくので、これまでのように必ずしも自分たちばかりが、力を蓄えることを考えなくともいいと思うんです。だからまずは自分のスタイルを確立して、それが周りに伝わり影響し合って、価値観や行動の変化へと繋がっていけば、いずれは「健康的な社会」を実現することができるんじゃないか、と僕は考えています。

 

Text by 萩原雄太 Photo by 加藤甫 Edit by 横田大(Camp)