中村元気

一般社団法人530代表。2014年、原宿のキャットストリート沿いにて地域活動「CATs」をスタート。通りのクリーンアップをはじめとするお金では手に入らない人間関係や経験を重視した活動や、表参道の落ち葉を使ったコンポストなど、生産者の立場から価値を生み出すアクションを実験的に行なっている。2018年「0 waste(ゴミ・無駄のない)」ライフスタイルを提案する活動「530week」を開始した。

 

生江史伸

フランス料理店「L’Effervescence」グランシェフ。慶應大学大学政治学科卒業後、イタリア料理店「アクアパッツァ」を経て、「ミシェルブラストーヤジャポン」で研鑽を積む。その後英国「ザ・ファットダック」クでスーシェフを担当。2010年東京レフェルヴェソンスを開店し、ミシュラン二つ星、アジアベスト50レストランで「サステナブルレストラン賞」を受賞。

 

リヴシー絵美子

Anglo Japanese Brewing Company合同会社代表。国内外での金融業界での勤務を経て、2014年1月、夫であるトーマス・リヴシー氏とともに、野沢温泉村中心部にマイクロブルワリー「Anglo Japanese Brewing」を開業。同時に、自家醸造のクラフトビールを提供するブリューパブ「里武士」をオープンした。

もくじ

「社会のため」だけなら断っていた。大切なのは「いいものをつくる」こと

──廃棄されるパンを使ってビールをつくるbread beerというプロジェクトはどのようにして立ち上がっていったのでしょうか?

 

中村:僕は、530というゼロ・ウェイスト(ごみ自体を出さない社会)を目指す団体を運営しているんですが、あるイベントでシェフの生江史伸さんと知り合いになったとき「パン業界の中で何かフードロスの視点から課題がないか」と質問したんです。すると、生江さんが運営するBricolage bread & co.で、どうしてもパンの耳が余ってしまうということを知りました。

中村元気

生江:店内で提供するサンドイッチをつくる際に、カンパーニュの耳を切り落としています。切り落とされた耳は、ラスクやデザートの生地として再利用しているのですが、サンドイッチはとても人気のある商品なので、どうしてもすべてを使い切るまでには至らない。そこで以前から、店内で消費できない耳は農家に送って堆肥にしてもらっていました。

 

中村:イギリスの「Toast Ale」をはじめ、海外ではここ数年、廃棄されるパンを再利用してビールを生み出すというプロジェクトが盛り上がりを見せています。そこで、以前から何度もイベントなどでお世話になっていた長野県・野沢温泉のブルワリーAnglo Japanese Brewing Company(以下、AJB)の恵美子さんを巻き込み、「パンの耳からビールをつくる」というプロジェクトを構想したんです。ちょうど、2年ほど前のことでしたね。

生江:ただ実は僕、当初はこのプロジェクトに対して非常に後ろ向きだったんです。正直いちばん最初の打ち合わせのときには、「どうやって断ろうか……」と考えていたくらい(笑)。

 

──どうして後ろ向きだったんですか?

 

生江:環境を守ることはもちろん大切なことですが、そのためにあまりおいしくないビールを提供するなら、それは消費者に我慢を強いることになる。フードロスを減らすために犠牲や我慢を強いるのであれば、継続的な動きにならないどころか、かえってフードロスに対するネガティブなイメージを抱かせてしまいます。それでは問題の解決に向けてむしろ逆効果なのではないか、と考えていたんです。

生江史伸

──たしかに、環境のためとはいえ、消費者に我慢を強いるような活動は長続きしませんよね。では、どうして生江さんの気持ちは変わっていったのでしょうか?

 

生江:料理人としてどこからか集めてきたパンを材料にして「おいしいものがつくれるはずはない」と、あまりいいイメージがなかったんですね。でもAJBのビールをひと口飲んだ瞬間「もしこんなにおいしいビールをつくれるのなら、きっとおもしろいことになる」と直感して、僕の考えは180度変わりました。

 

──AJBのビールのおいしさが、生江さんを動かしたんですね。

 

絵美子:私たちも、ただ単に「廃棄されてしまうパンがあるから、ビールをつくってください」という話だったら、乗り気にはなれなかったと思います。日本ではまだなじみがないですが、このような試みは海外ではそうめずらしいものでもないですし、実際に飲んでみると、まだまだおいしいと思えるものは少ない。私たちはブルワリーとして、たとえ社会問題の解決に貢献できるものだとしても、自分たちが自信を持っておいしい!と思えるビールでないと、世の中に出したくありませんから。

リヴシー絵美子

──「フードロスを解決するビールをつくる」ではなく「おいしいビールをつくる」ことがプロジェクトの起点となったんですね。

 

中村:僕自身、もちろん「いいものをつくりたい」という気持ちはありましたが、当初は「フードロスをどのように解決できるか」という課題を起点にして、このプロダクトを考えていました。でも僕は想いはあるけどつくり手ではない。ふたりと話しているうちに、本当の意味で「いいものをつくる」ということを理解できていなかったことに気付かされたんです。

 

つくり手は、あらゆる工程にこだわり抜きながらプロダクトに命を吹き込みます。そんなつくり手が費やす命がけのこだわりの先に、おいしいものが生み出され、人々の心が動かされていく。プロダクトを企画しながらつくり手の想いを受けとめることで、自分自身このプロジェクトに対する捉え方が、大きく変わっていったんです。

 

こだわりの先で手にした「本質」。価値観を揺さぶる「パン感」のあるビールづくり

──では、実際にどのようにしてbread beerが開発されていったのでしょうか?

 

絵美子:話し合いを重ねる中で、私たちが合致したのが「おいしいビールをつくる」ということでした。せっかくパンを原材料にしたビールをつくる以上、香りも味わいも「パン感」のあるおいしいビールをつくりたいですよね。しかし、テストを重ねていくと、パンを多く入れれば風味が立ち上ってくるわけではないことがわかってきました。大量にパンを使えばフードロスの問題に貢献するかたちにはなります。でもビールに「パン感」を出すのに、大量にパンを使うことはあまり意味がなかった。

──パンを大量に使えば問題の解決には近づけるものの、おいしさにはつながらない。

 

絵美子:はい。そこで発想をぐるっと転換することにしたんです。そもそも、私たちAJBはもともと小規模なブルワリーなので、どれだけ大量にパンを使ったとしても、日本のフードロス問題に対してインパクトを与えるような規模にはならない。だったら、それまでのように量を求めるのではなく、ビールを飲んだときにより「パン感」を得ることで、パンがとてもおいしいビールに生まれ変わることを、実感してもらうことを大切にしようと考えたんです。

 

そこで、もともと素材としていたパンの耳だけでなく、スパイシーなライ麦や雑味のある小麦などを使うことで、パンの風味に近づけていきました。そうして「パン感」を持たせつつも、クラフトビールが大好きな人も初めての人も、次の一本が飲みたくなるような味わいをつくっていったんです。

 

生江:完成品を一口飲んで、どんな方にでも楽しんでいただける身体になじむ味だと感じました。すっと身体に染み込んでくるようなシンプルさ。しかしその一方で、その香りはとても複雑で飽きがこない。シンプルな味わいと複雑な香りとのバランスが「もっと飲みたい」と思わせてくれたんです。また、このおいしさならば、多くの人の価値観を揺さぶることができる、と思いました。だって僕自身ひと口飲んで、自分の価値観ががらっと変わってしまったんですから。

──捨てられてしまうはずだったパンに新たな生命が吹き込まれていたんですね。飲んだ方の反応はいかがだったでしょうか?

 

中村:昨年の6月に開催したリリースパーティでは、ビール好きな方はもちろん、社会問題に興味を持つ人からも、たくさんの「おいしい」という声をいただきました。

 

先ほど、ものづくりに触れて考え方が変わった、という話をしましたが、実はbread beerを広めていくにあたって、フードロスを全面に打ち出すことは控えているんです。それよりもフードイベントなどおいしいものが集まる場所、みんなが楽しんでくれる場所に出して、そのおいしさを心から味わってもらいたい。あくまでもおいしさが前に出て、副次的にフードロスという問題についての意識も広がる。そんな自然な伝わり方が、このビールにとってもっとも適切なかたちなのではないか、と考えています。

 

 

絵美子:この「bread」としか書いてないラベルも象徴的だよね。これは、生江さんから提案があって私たちもすごく賛成したんですが、最初からいろいろ情報があると自分で探ろうと思えなくなってしまうし、見た瞬間にちょっと「?」となるくらいが、むしろ興味を引いていいよね、と。掠れたタイプライターのようなフォントを使って「ちょっとしたニュースですよ」なんてメッセージ性も込めて。

 

生江:そうそう、「Beer」とすら書いてない(笑)。手引を読んでようやく、「ああ、なるほど」と腑に落ちることもあるとは思うんですけど、それじゃちょっと伝わり方として複雑じゃないですか。だから情報をあえて少なく極力シンプルにすることで、「ふつうのビールじゃないですよ」「パンのビールですよ」ってことだけ、ひと目でわかるようにしたんです。ビールを飲む人がパンのことを考える。パンが好きな人がビールのことを考える。で、自分の中で「ビールって?」「パンって?」「そもそも食料って?」と考えを深めていってもらえたら、うれしいですよね。

 

「当たり前」が難しい。競争ではなく協働が新しい価値をつくる時代に

──ところで素朴な疑問なのですが、このような取り組みを大企業が行えば、より大きな動きとなり、フードロスに対しても多大な貢献をすることができます。なぜ、この発想を大企業に売り込むのではなく、自らのブランドとして立ち上げることになったのでしょうか?

 

中村:その理由はシンプルで。そもそもおふたりに声をかけたのは、Bricolage bread & co.のパンもAJBのビールも、僕が感動するくらいにおいしいと思ったから。それに両ブランドとも素材にこだわっているし、実際に畑に足を運んでいて、何を使っているか、誰がつくっているのかといった原材料の透明性も担保されています。

 

いち消費者として「おいしいものが食べたい」「安心できるものを食べたい」というのは当たり前の気持ちですよね。だから、たとえばコンビニのパンが悪いとは言わないですけど、大量につくるために何が使われているかわからないものを、積極的に選びたいとは思わない。それに、友だちや周りの人に「こんなものをつくったんだよ」と紹介するときには、やっぱりきちんとしたものをすすめたいじゃないですか。

 

だから、ネガティブな反応されても「どうしてもここのパンを使いたいんです」としつこく迫った(笑)。消費者感覚としてこのふたりとなら「絶対おいしいものができる」ということを確信していましたし、ロス食材だとしてもビールに使われているすべての食材の生産者が追えるっていうのが、おもしろいなと思ったんです。

中村:大きな企業になればなるほど、経済効率など優先されることがほかにあり、当たり前のことを求めることが難しくなってしまいます。だから、当たり前においしいものをつくり、当たり前に安心できる材料を使う。そして、当たり前に環境問題に配慮する。そんな「当たり前」に対してちゃんと向き合えることが、小さなブランドを立ち上げた理由であり、小さなブランドだからこそつくることのできる価値ではないかと考えています。

 

──「当たり前のことを当たり前にできる」。それがbread beerいうブランドの魅力であり、ブランドとしての価値になっていったんですね。

 

生江:もうひとつ、ブランド価値という意味では、このプロジェクトが業界の異なる3者によってつくられていることも、重要な価値になっていると思います。530のような環境問題の世界と私たち飲食の世界には壁があったし、同じ飲食の中でも食べ物と飲み物の世界で隔たりがあった。今回のプロジェクトは、そんな壁も取り払うことのできたプロジェクトなんです。

生江:20世紀は「競争」によって世界が豊かになっていった一方で、環境問題や貧富の差など、多くの問題が生まれました。21世紀はその反省を踏まえて「協働」によって世界を豊かにしていく時代であり、それによって新しい価値観を生み出していく時代です。

 

bread beerは、3つの業界から集まった考え方も三者三様の人々から誕生しました。これからは、そんなふうに協働から生まれるプロダクトやブランドが、新しい時代、新しい価値観をつくり出してくれると考えています。

 

──でも壁を超えていくプロジェクトには多くの困難が伴います。bread beerではどのようにしてその困難を乗り越えていったのでしょうか?

 

生江:それは「おいしい」という気持ちのおかげでしょうね。そこが大きなモチベーションとなって困難を乗り越えることができた。それこそ、元気くんが「おいしい」という気持ちで声をかけてくれたように、僕がAJBのビールを飲んで考え方ががらっと変わったように、恵美子さんが「おいしい」を求めるなら一緒にやろうと思ってくれたように。それくらい、「おいしい」という気持ちには、人間を突き動かし、新しいムーブメントを生み出す原動力があるんです。実は、多くの方にそういったきっかけをつくるためにも、今回のビールをスタートとして、あらたな商品展開も考えているんですよ。

 

絵美子:ビールをつくる過程で、いろんな種類のパンをブレンドして使うことを考えたときに、いろんなスタイルの「bread beer」をつくっていくことも決めていたんです。今回の白ラベル、つまり初回レシピが定番としてあって、たとえばもっとニッチで通の人も好むようなものなど、幅を広げていく予定です。パンだけでなくまったく違う素材を使ったシリーズもおもしろいかな。ジャンルが広がっていけばブランドとして強くなりますし。ちなみに第二弾としては、バーレーワイン(麦芽のワイン)を出します。ちょうどいま、バーボン樽に入れて熟成させているので、もうすこしでお披露目できると思います。

 

──プロダクトの幅を広げていくことは、「おいしい」の多様性にもつながりますね。

 

生江:そうですね。分断が拡がる今だからこそ、「境界線を超えてお互いの違いを知り、違いを超えていくこと」がブランドコンセプトのひとつになっている、bread beerに希望を持っています。何を消費するかに未来が託されている中で、「おいしい」は行動のきっかけになる力を秘めていますから。

 

 

 

Text by 萩原雄太  Photo by 加藤甫 Edit by 横田大(Camp)、須藤翔(Camp)