栗野宏文
株式会社ユナイテッドアローズ 上級顧問 / クリエイティブディレクション担当。大学卒業後、ファッション小売業界で販売員、バイヤー、ブランド・ディレクターなどを経験後、1989年にユナイテッドアローズ創業に参画。販売促進部部長、クリエイティブディレクター、常務取締役兼CCO(高クリエイティブ責任者)などを歴任し、現職。2004年に英国王立美術学院より名誉フェローを授与。LVMHプライズ外部審査員。無類の音楽好きでDJも手掛ける。2011年よりツイードラン・トウキョウ実行委員長。
■もくじ
ブランドをつくることは、お客様とのボンドを考えること
——日本の消費は減少傾向にありますが、ここ10年のブランドビジネスの傾向を栗野さんは、どうご覧になられていますか?
栗野:働きはじめて40年が経ちますが、ここまで「モノを買う」ということに消極的な時代はありませんね。とはいえ、まったく売れなくなったわけではありません。「生活者はいま何を求めているのか、何をよしとしているのか」という当たり前のことを、きちんと考えてビジネスをしているブランドの商品は売れています。つまり1980年代のバブル期や、近年のインバウンドバブルのように「店を出せば売れる」という状態を普通だと思ってしまうと危ういでしょう。見方を変えれば、いまがブランドにとっても生活者にとっても正常な姿、健全な姿とも言えますね。
——売れなくなったのではなく、「適正」になったと。では、UAの近況はいかがでしょうか。
栗野:4月から5月のあいだは、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)による自粛の関係で一切小売ができない状態でしたが、最近は、波はあるものの順調に客足が戻りつつあります。
その理由のひとつは、UAが何よりも「接客」を大事にしてきたことがあると思います。UAの経営理念のひとつに「従業員価値の創造」があり、毎年「束矢大學」という社員研修でも接客力の向上に努めています。だからこそ、このような状況でもお客様が来てくださっている。もし、広告や流行に乗った商品をつくることばかりに力を入れていたら、「買おう!」と思ったときにUAは選択肢に入ってなかったはずです。これまでお客様と真摯に向き合ってつながりをつくり上げるという、地道な商売をしてきてよかったと実感しますね。
——UAは高水準な接客をとおして、ブランド力を上げていったということですね。
栗野:そうですね。「ブランド」とは、酪農の「焼印」が語源なんです。A農場とB農場の牛との違いを明確にするためにマークが入れられるようになった。それがあれば、毛並みがいいのはA農場、いい肉がとれるのはB農場、というのがわかりますよね。丁寧で誠実な仕事を積み重ねていけば、「カバンならこのブランド」「シャツならこのブランド」「買い物を楽しみたいならここの接客」みたいに信頼関係が醸成されていきます。ブランドがやっていることは、そうしたお客様とどうやって「絆」をつくるか、いわゆるボンドのつくり方を考えることではないでしょうか。
近年、クラフトマンシップを重視する動きが活性化していることや、ロエベのようにそうした視点を持ち続けているブランドに活気があるのも、その証左ではないでしょうか。
栗野:しかし一方で、ブランドとして大きくなっていくと、つい「いま人気のクリエイターとコラボレーションする」「大きいフラッグショップを有名な建築家に頼む」みたいなネームバリューや広告・宣伝的なところに注力してしまいがちです。例えば著名な現代アーティストの絵が描かれたバッグのように、露骨なものをつくると数年後に見たとき恥ずかしいものになってしまうことも。
——たしかに、企画臭の強い商品は、後年陳腐化を避けられないですものね。
栗野:ここには、ソーシャルメディアの功罪も関わってくると思います。もちろんいい面もあるけれど、近年の「バズ重視」のスタンスは少々行き過ぎのきらいがある。「バズればモノが売れる」「とにかく話題になることが大事」という手法は、やり過ぎるとモノやそれを買ってくれるお客様の美意識を劣化させてしまう。ブランドの美意識を貫きながら長く続けたいのなら、短期的な成果だけでなく長期的な視点を持つべきだと思います。
デジタル時代のコミュニケーションにも「タンジブル」が必要
——UAは接客を重視することで生活者とボンドを築いたとのことですが、社会的な状況が変わり続けていくなかで、商品のよさを伝える販売員的な仕事の在り方やかたちは、どのように変わっていくと思いますか?
栗野:いまは、コロナの影響もあって、直接人に会うことが難しくなってきています。これからは、スマートフォンやPCをとおしての接客が増えていくことが予想されますね。でも、その接客も接客です。UAが創業当時から持っている、お客様とボンドを築く、絆を深めるというマインドを持って接客ができていれば、オンライン中心になったとしても、コミュニケーションは雑にならないと思いますね。
——かたちは変わってもコミュニケーションの密度は変わらないということですね。
栗野:はい。ぼくは「tangible(タンジブル)」という言葉が好きなんです。英語で「手触りがある」という意味。接客をとおしていい服をお薦めするのは、商品の手触りを直接お伝えするようなものだと思っています。そして、対面が難しくなっていくこれからは、デジタル・タンジブルというものがあり得るのではないかと。
例えば、美術館でゴッホの絵を鑑賞していて、厚塗りがすごいからつい触ってみたくなるかもしれないけれど、実際には触れられないですよね。でも鑑賞者は、ある時代から、手で触らずともビジュアルをとおしてモノを触った感覚を得ることができる感性を手に入れてきた。今後、そうした疑似タンジブル的な感性が深化し、同時にそれを具現化するための技術も発達していく未来に期待しています。
不完全だから愛される? 大切なのは「エモーション」を伝える力
——オンライン販売の比重が大きくなるということは、ビジュアル面の充実もさることながら、商品のよさを説明するテキストや言葉選びの重要性も増してきますよね。
栗野:そうですね。伝えるうえでの「言葉」のセンスや熱量はよりいっそう問われていくと思います。例を挙げればヴィレッジ・ヴァンガードの過剰に熱いポップとかね(笑)。近年「エモい」という言葉が一般化しましたけど、やはり、あのポップみたいな濃いエモーションは大事だと思いますよ。
——エモーションの扱いは、すごく難しいとも思うんです。独りよがりで、送り手が勝手に気持ちよくなっているだけでもダメ。だけど、出発点は独りよがりなものだと思いますし。それが他人にとってもエモーショナルなものにするには、どうすればいいと思いますか?
栗野:やはり、巻き込み力が大事ですよね。それは接客にもブランドにも言えることで、ある種の「隙」をどれだけ自分の武器にしていけるか。愛情を持てるものって、不完全で人の入り込む余地があるものでもある。いい意味でちょっとダサかったり、泥臭かったり。
お客様はスペックだけを買いに行くわけじゃないですからね。商品をとおして心の隙間を埋めたいという欲望がある。つまり、お客様とブランドの関係性って、ひょっとしたらある意味不完全対不完全とも言えるんじゃないか、と。完璧過ぎないところに、可能性やコミュニケーションがあると思います。
買う行為は何かに加担すること。これからの時代で「選ばれるブランド」になるために
——ある種の「隙がある」ことが、お客さんに愛されるコツというお話でしたが、これからの時代、「選ばれるブランド」になるには、どのようなことが問われていくと思いますか。
栗野:例えばブランドの理念が社会全体を考えたものであること、そして同時にその理念が共鳴されることじゃないでしょうか。
かつてファッションの世界をリードしていたラグジュアリー・ブランドなどの打ち出す価値観は、いわばエゴイズムでできていました。「自分がよければいい」「自分にとって心地いいことだけにお金を払いたい」、そういう原理でモノが売れていた。それが限界までいってしまったのだと思います。現在、特に新型コロナウィルス感染症(COVID-19)禍以降は利他主義の時代に移行しつつある。例えばお客様は自分が買っているTシャツが児童の不法就労によって出来ていると知ったらイヤですよね。
栗野:これは言い換えると「自分も当事者なんだ」ということにみんなが気づきはじめているということでは?自分は社会で起こるさまざまな事件、事象の当事者である、ならばいいほうに加担していたいという価値観が広まりつつあります。そして、その先には「自分がそのブランドの商品を買うことで、世界をよくするための何かに加担している」ということに、より価値を見出す人が増えていく未来が見えます。
——買う行為によって、社会に参加しているという自覚を持てる、ということですね。
栗野:はい。それこそが、選ばれるブランドの一つの大きな条件だと思います。そうした社会への参加意識や、社会との接点というものは前からあったけど、これまで以上に重視されるようになるはずです。
——利他主義の広まりがある一方で、多様性を重んじる「個人の時代」になりつつあるようにも感じています。
栗野:「個」を束ねたのが集団で、それが街になり、大きくは国にもなる。でも、元はといえば個です。デジタルツールというのは、個が個のまま集団とコネクトできるという未だかつてない社会を実現しました。インターネットのなかのコミュニティーなんて、まさにそうですよね。でも、個を突き詰めるほど、パブリック性を意識せざるを得ないのが面白いところだと思います。個の時代だからといって、単にワガママでいいという話ではない。自分と等しく、他の人も大事にしなければいけないというのが本当の多様性ですよね。
——他人を尊重できなければ、自分も尊重されない。結果的に自分の個が守れなくなってしまいますものね。
栗野:そのとおりです。少し前に、アフリカのコンゴ共和国の、年収の何割をもお洒落な服に費やす「サプール」という集団が話題になりました。彼らは武器を捨て、オシャレをしてエレガントに生きることで、争いを避け、平和に生きる道を選んでいます。つまり、ファッションが自分のためであると同時に、社会のためにもなっている。われわれは「選ばれるブランド」であり続けるために、よりそうした視点も大事に商売をしていかなければならないと思っています。
Text by 辻本力 Photo by kazuo yoshida Edit by 𠮷田薫