文字に良し悪しなんてない。でも、町には工夫と遊び心がたっぷり詰まった良い文字が、たくさんある。町中の看板文字に魅せられて、自分が「良い!」と思う文字(=よき文字)をデザイナーならではの視点を交え、発信し続ける松村大輔さん。前編ではよき文字とは一体どんな文字なのか、そのひと文字に惹かれた理由を紐解きながら、よき文字を観察してきました。後編ではよりコアに文字以外の特徴にフォーカスした内容でお届けします! 町の看板ひと文字にギュッとピントを合わせると見えてくる個性豊かな文字たち。あなたもよき文字探し、してみませんか?

前編はこちらから

 

前編では〈文字そのもの〉のデザインを鑑賞・観察してきましたが、後編は環境や材料がもたらした文字のデザインや、文字以外の記号などにもフォーカスを当ててみようと思います。

 

「素材」がもたらす文字のデザイン

手書き文字では、鉛筆やボールペン、万年筆や毛筆など筆記具によりその表情は大きく変化します。看板文字も同様で、素材によって大きく表情を変えるのです。

 

1.タイル

方眼紙を塗りつぶすように描かれた文字と上部のお花。アップで見るとその様子がよく分かります。まるでファミコンのタイトル画面のようにドットが並んでいます。しかしとても滑らかに表現されています。(こちらのお店はエリア再開発のため閉業されました)

 

 

2.ネオン

 

つづくレトロブームの影響なのか、ネオン管を用いた看板が増えてきています。

もんじゃの「も」です。よく見ると所々切れ目があります。数えると3本のネオン管で構成されていることが分かります。ネオン管は1本ごとに変圧器が必要になるので、予算や設置場所に応じて大きさやデザインが決まっていきます。

こちら「松永ふとん店」の「松永」の部分を観察すると、1本のネオン管を巧みに曲げて「永」の字を構成しているのが分かりますか?(「松」の字は2本)。斜めから観察すると奥行きがある立体作品のような美しさが感じられます。

ネオンは、こう見えて省エネで、風雨にも強いのです。最近では、よくみるとLEDチューブのような新素材でできているものもあるので、皆さんも見極めてみてください!

 

環境によって生まれた文字のデザイン


1.縦長キャンバス

 

「飛鳥」という2文字の屋号を、縦長の袖看板に合わせダイナミックにデザインしているようです。こんなに縦に長い「飛」の字はなかなかお目にかかれないと思います。

 

 

2.経年劣化

 

こちらは残念ながら経年劣化により文字が脱落しはじめた例で、店主も看板屋さんも望んでいない姿です。1行目は残った文字から「特殊ミシン販売」だと推測できます。「ミ」はパーツの固定跡からも推測できます。ミステリー小説を読むように、謎の看板と向き合ったりもします。

カッティングシート素材が劣化し、「管理」の文字がコウモリのようにダイナミックな姿になっています。元々はありふれたゴシック体だったので、今の方が目立っているのかもしれません。

 

 

3.ビルテナントの集合看板

スナックやラウンジが集う大型ビルの集合看板は、全体のデザインや配色に工夫を凝らしているケースが多いです。フロアごとに配色を変えていたり、全体で見ても煌びやかですね。1件1件のロゴも見逃せないものばかり。この集合看板用にデザインされているわけではないのですが、半強制的に配色や大きさが決定しています。しかしいつまでも眺めていられますね~。

 

変わった文字の流儀


串刺しパ

片仮名「パ」の2画目に半濁音のマルを突き刺しているケースに出会うことがあります。『洲崎パラダイス赤信号』という1956年(昭和41)の日活映画に登場する「洲崎パラダイス」のゲートに掲げられた文字も〈串刺しパ〉になっていました。この映画では1888年(明治26)開業した戦前の遊郭を再現しています。

また1925年(大正14)に発行された『図案化せる実用文字』という図案文字集の中にも〈串刺しパ〉を見つけることができます。

マルは正円というより楕円にして45度くらい傾けていることが多いので、明治~昭和初期に〈串刺しパ〉ブームがあったことを現代に伝えてくれています。

店主の手作りと思しき看板文字はテープを使い複雑な漢字も巧みに表しています。

注目したのは「ハ」の2画目に半濁音を突き刺した「パ」。このパは全国の看板文字で見つけることができます。

こちらも床屋看板。その他の業種でも見つけることができるので、ぜひ皆さんも探してみてください。

 

さまざまな電話マーク

古くから営む商店や会社では、看板や装飾テントに電話番号を記していることがあります。その電話マークは、写植文字やデジタルフォントの「☎」マークを使うこともありますが、オリジナルデザインのものもよく見かけます。若い方はダイヤル式の電話機を見たことがないでしょうか。多くは黒電話をモチーフにしています。現代はダイヤル式の電話機が消え、電話マークだけが残るという不思議な時代になっています。

 

郷に入れば郷に従う。商店街コンビニ看板

近頃は全国でチェーン展開している規模のブランド看板にも注目するようになりました。なかでも有名コンビニが〈統一された看板のフォーマットを持つ商店街〉に並んでいるときは要チェックです。大手コンビニには、ロゴを使用する際のレギュレーションが記されたマニュアルが必ずあります。たとえばセブン-イレブンの3色のコーポレートカラーの組み合わせは、配色だけで商標登録されているほどです。

しかし各商店街では、統一された商店街看板のフォーマットが優先され、各社そのルールに則って看板を作成しています。写真のF-1、S-1では、〈コーポレートカラーではない単色の青色に白抜き文字〉でデザインされていたり、F-2、S-2では隣接させてはいけなそうな色と配色されています。ロゴのレギュレーションを目にしたことがないので憶測なのですが…。どんな巨大ブランドでも現地のルールが優先されていて、「郷に入れば郷に従え」の精神が感じられ、とても好感を抱いてしまうのです。看板の形に応じたロゴの選び方にも工夫が感じられますよね。

 

おわりに

こうして記事にまとめて分かったのですが、僕にとっての〈よき文字〉は、その店や場所にしかないオンリーワンのもので、作者の思いが伝わってくる文字が多いようです。一方、商店街のコンビニ看板のように、ロゴ自体は町に溢れているのに、特定の環境では地域に溶け込もうとしている姿もまた愛おしく思います。これは〈よき文字〉というか〈よき看板〉になるでしょうか。

また、作者や設置者の思惑が及ばない、「時間の経過」が感じられる文字にも同様に価値を感じてしまいます。とまあ、判断基準は人それぞれの主観で決めるものなので、読者の皆さんが「良い!」と感じたら、それは〈よき文字〉になると思っています。

 

これからも脚の動く限り、全国を訪れて〈よき文字〉達との出会いを続けていきたいと思います。年老いて歩けなくなっても、ストリートビューなどで散歩しちゃうかもしれません!