スナックのカラオケ録音や合唱コンクール、おじいちゃんへのメッセージを吹き込んだカセットなど、一般人が記録のために残した音源を「身内音楽」と呼ぶらしい。その名付け親であり収集家でもある数の子ミュージックメイトが、未知なる音楽の魅力や面白さについて全4回にわたり語ります。初回以降はメディア別に身内音楽を探究します。最終回はカセット・その他のメディア編。

一般人の演奏や歌、声が収録された録音メディア「身内音楽」。

CD、そしてレコードときて最終回となる今回は、身内音楽の最深部、カセットとその他のメディアについて、そのディープな領域に踏み込みます。

 

それは、無限の世界の始まり

ある程度の世代の方なら、カセットテープに自分の声を録音した経験があるのではないでしょうか?身内音楽は演奏だけでなく、音声も対象なので、そんなカセットも私の収集範囲ということになります。

これまでこの連載で紹介してきた身内音楽のCDやレコードは、制作枚数がメジャーのものに比べて圧倒的に少ないとはいえ、業者に発注して制作されたパブリックな「製品」でした。しかしカセットとなると、これは誰でもすぐに録音ができるので、その数は無限に近いものとなります。この世に一つしかない、個人のプライベートに触れざるをえない世界……身内音楽の最深部です。

 

赤ちゃん、犬、修学旅行のバスの中 なんでもありのカセット

1960年代後半~70年代に普及したカセットは、ラジオのエアチェックやレコード、CDのダビングが一般人にとっての主な使用方法でした。

70年代にテープレコーダーが家庭でも一般化すると、音を記録するメディアとしてとてもお手軽だったため、色々な出来事を収録するのにも使われます。

 

 

「修の声」と書かれたカセット。赤ちゃんが戯れる様子が延々と収録されています。たまに修くんをあやす声が入っており、そこには名前も知らない家族のある日のあたたかな思い出が記録されています。

 

 

今度は「ノンタの声」。赤ちゃんではなくこちらは犬です。ずっと犬が吠えたり唸ったりする音が入っています。よっぽどノンタが好きだったんでしょうか。

 

 

こちらは小学校の音楽の先生が合唱の指導用に録音したカセットです。生徒ごとの歌声がこまめに収録されており、この先生の律儀な性格が伝わってきます(あまり生徒には好かれていなかったかもしれません)。この先生のカセットは実は100本以上ありまして、知人がフリマに出した時に、大量に購入しました。あまりに量が多いので、未だに全部は聴けていません…。

 

 

中には少し怖いものも。中年女性が泣きながら誰か(親族?)にずっと感謝の言葉と自分の思いを呟き続けるカセットは、なぜか屋外で録音されており、ホラー度を高めています。

 

 

ほのぼのしたものでは、子供が鼻歌を歌ったりしているだけのカセットもよく見つかります。自分の声が録音される驚きと喜びはどの時代にも共通だなぁと感じます。また、修学旅行のバスの中で生徒たちが好きな曲を歌っているテープは、バスにカラオケ設備が無かったのか、みんなの手拍子でアカペラで歌っています。その瞬間の牧歌的な雰囲気をしっかりと記録しています。

 

 

また、今のスマホよりも小さくて軽い利便性から、誰かにメッセージを伝える手紙のような役割もカセットは持っていました。

 

 

おじいちゃんとおばあちゃんに向けて作られたこのカセットでは、汐里ちゃんと若菜ちゃんの姉妹が、歌を歌ったり、ピアノを弾いたりしています。私に孫はいませんが、このカセットを聴いていると、これを受け取ったおじいちゃんに気持ちがシンクロしてしまう瞬間があります。個人的すぎる音源は共感力を高める効果があるのかもしれません。
 

こうした誰かの個人的な記録が収録されたカセットは、リサイクルショップで売られていることはほとんどありません。当然といえば当然ですね。

主にネットオークションで使用済みカセットのまとめ売りセットからラベルの情報をもとに購入しています。1本のために買った大量の使用済みテープが我が家にはどんどん増えることになり、途方に暮れています…。

 

ラブ・カセット、見つかる。

1982年の漫画『The・かぼちゃワイン』には、お気に入りの曲や自分のメッセージをカセットに吹き込んで好きな相手に送る「ラブ・カセット」というものが出てきます。いわゆる「声の文通」です。

【リンク https://lineup.toei-anim.co.jp/ja/tv/kabocha_wine/episode/12/ 】

本物のラブ・カセットが聴けないかなぁと思っていたところ、ヤフオクにそれらしきものが出品されており、購入しました。

 

 

再生してみると、函館の男子高校生が茨城の文通相手の女の子に送った、まさにラブ・カセットでした。

自分のお気に入りの曲をかけながら、ラジオDJ風に自分の住んでいる町や学校のことを喋りつつ、途中、妹が部屋に入ってきて追い出す一部始終が入っていたり、曲の歌詞に乗せて愛の告白をしていたりと、誰かが私のために作ったフェイクなんじゃ?思うほど、出来すぎた内容でした。

このカセットが相手の子から上書きされずに残り、私の手元にたどり着いたということは……色々な物語が浮かんできます。

1972年ごろに吹き込まれたと思われるこのカセット、両面60分まるまる喋り通した(それこそ返事がなかった大きな原因だと思います!)男の子はすでに還暦を越えています。カセットの身内音楽は、ある日の誰かと正面から向き合うことになる、かなり特殊な経験を得ることになります。

 

さらなる深みへ MDとマイクロカセット

発見される数は少ないですが、カセットテープと同じような使い方をされたメディアがMDとマイクロカセットです。

 

MD(ミニディスク)はソニーが1992年に発売した録音メディアです。私、数の子ミュージックメイトも使いまくった世代でした。2000年代で姿を消した短命なメディアでした。

 

 

カセットに比べればレコーダーが普及したとは言えないMD。業務用では使われる場面も多かったようで、地方の音楽ホールで収録されたアマチュア演奏会の音源がよく見つかります。

 

マイクロカセットはオリンパスが開発した磁気テープの録音メディアです。カセットテープの1/4ほどのサイズで、ICレコーダー登場までは、会議や講演会、取材のメモ録音として使われました。

マイクロカセットの中でも興味深いのが留守電のテープです。昔は固定電話の留守電は内蔵されたマイクロカセットに収録していました。留守電までくるとDJやイベントで流しても楽しくは無いので、人前で披露する機会はほとんどありません。しかし、80年代~90年代の一般人の会話が収められた貴重な資料です。

 

身内音楽とは何か?

全4回にわたってお届けしてきました身内音楽の世界、いかがでしたでしょうか?日本という国だけでも、私がまだ出逢っていない音源は星の数ほどあります。収集のゴールが無いからこそ、集めて聴き続けるしかありません。

人生の中で出逢う人の数に限りが無いのと一緒で、終わりのない豊かさとして受け入れています。

 

トーマス・エジソンが世界で初めて音声を録音したのは1877年、エジソン本人による「メリーさんのひつじ」の詩の朗読でした。

【リンク https://www.youtube.com/watch?v=5ctLyLwwKWM 

録音の歴史は身内音楽から始まったことになります。

録音メディアのあゆみは、身内音楽のあゆみでもあったわけです。

ちなみに、今回紹介してきた録音メディア以外にも、同じ身内音楽的なものとしての映像メディア(VHS、DVD、Hi8、miniDVなど)も集めています。

こうした「身内ビデオ」は音源よりさらにプライベートな情報を含むので扱いはデリケートにならざるを得ず、自分のイベント以外ではお見せする機会は今のところありません。昭和~平成の「普段の生活」を切り取った記録としては貴重なものではあります。

 

改めてお伝えすると、身内音楽は共有された世界観の枠組みと楽曲構造を持つわけではないので、音楽ジャンルではなく、ある文脈上で作られた録音メディアそのものを指します。オススメに見せかけたえげつない量の情報を浴びせかけられることと、個性や才能があるのか無いのかはっきりさせることばかり求められる現代で、自分とは関係の無かった「物」(とそこから派生する人、時代、場所)にしっかり向き合うきっかけでもあると思っています。

 

実際に聴いてみたい!と思った方は是非、数の子ミュージックメイトが出るイベントに遊びに来てください。おそらく帰る時にはドッと疲れると思いますが、普段では味わえないなんとも言えない気持ちが芽生えるはずです。それは懐かしさかもしれないし、恐れかもしれないし、やさしさかもしれません。【了】