高尚な音楽と思われがちなクラシック音楽だけれど、本来はポップスやロックと同じで誰もが楽しめる懐の広い音楽だったはず。この連載では、写真家・大森克己が案内人となり、クラシック音楽にこれから触れようと思っている人のために音楽評論とは違った視点でクラシック音楽を解説。最終回となる第五回目は大森と5PM編集部が今までの連載を振り返って、クラシックの魅力、クラシックの楽しみ方を語ります。

 

-今までの連載を改めて読んでみて、大森さんはクラシックをどんなタイミングで聴くのか気になりました。

クラシックは時間の流れが、21世紀の今の時間の感覚からちょっと外れたところにあると思うので、あえて「今っていう時間から離れてみたい」時に聴いてるかな。それはある種の現実逃避とも言えるんだけど。
僕らは普段、20世紀の後半以降に作られたポップミュージックを聴くことが多いと思うんだけど、それはほとんどが8ビートだったり、16や32っていう均等なスピードで作られている。延々続く16ビートに乗り続けるっていうのもそれはそれで快感なんだけど、そういう時間の刻み方じゃないこともあるのかも?と思える時もある。クラシック音楽を聴くとそんな今の時間に囚われていることに、気付かされるところがある。クラシック音楽が単純にゆったりしていて、リラックスできるとかそういうことではなくて、聴くことで時間の概念をちょっと変えてみたいというのがあるんだと思う。とはいえ、それは後付け的なところもあって、自分が聴いていて気持ちいい音楽、ハッとする音楽を聴いているだけなんだけど。

 

 

-四回に渡っていろんな形のクラシックをご紹介いただきました。この4つの題材の並びには何か意図とかはあったんですか?

並びの意味は特にないです。でも、意図したわけではないけど、いわゆるクラシックの王道みたいなものは紹介していない。指揮者がいるオーケストラの交響曲っていうのが皆さんが思うクラシックの印象だと思うんです。そういった作品は色んな場所で紹介されているし、大仰すぎて、自分の今の生活に接続しにくい部分があった。例えば、ベートーベンはもちろん素晴らしいけど、有名な交響曲第5番「運命」みたいなものに、いきなり接続できない感じがあるじゃない(笑)。大音量で聴き込めばその凄さは分かるし、その構造やスケール感も圧倒的なんだけれども、僕はどちらかというともう少しこじんまりとした形の方が好き。そういった意味で第一回目にモーツァルトのピアノ曲を紹介したのも、奏者は1人、楽器は1つ、短い楽曲っていうところで、こういうクラシックもあるんだということを紹介したかったから。

 

-たしかに、第一回目のモーツァルトは入りやすい感じはありましたね。

僕が普段聴いているものも、ピアノソナタと、室内楽が一番多くて。弦楽四重奏とか。この音はこの奏者が弾いているんだっていうバンドっぽい近さがよくて、それは録音でも、コンサートを観に行っても、映像でも。

さっき例に挙げたベートーベンでも、エッセンスは共通しているけど、何十人ものオーケストラと四人でやっているのはやっぱり全然違う。手触り感が全然違うから。普段聴くのはそういったコンパクトな編成のものが多い。

-第二回で取り上げたポリフォニーは聴いたことのない音楽でした。

ポリフォニーはすごく面白いよね。とにかく、人間の声のハーモニーっていうのがすごい。めちゃ美しい。一般的にはルネサンスのポリフォニーはクラシックっていう文脈では取り上げられることが少なくて、音楽大学の学生でも古楽を専門にしている人以外は聴いたことがない人もたくさんいるんじゃないかな。ポリフォニーを初めて聴いた時は、僕らが普通に思い浮かべる18世紀、19世紀のいわゆるクラシックよりも身近に感じられた。メロディーとか歌の乗せ方とか。ジョン・ダウランドっていう作曲家がいて、彼は大陸じゃなくてイギリスの人なんだけど、作った曲を聴くとビートルズやブリット・ポップと変わらない感覚。歌詞も英語だし、他のクラシックよりもむしろ今と直結しているように初めて聴いた時は思ったなあ。ルネサンスの音楽にハマると、19世紀のバッハとかモーツァルトとか、ベートーベンがかなり特殊に聴こえてくる印象すらあるかも。

-第三回で取り上げたバイオリニストのコパチンスカヤも、思い浮かべるクラシックというものとは違った印象を受けました。

コパチンスカヤはとても現代的でアーティスティックな感じがするよね。ジミ・ヘンドリックスを聴いている感覚に近いんじゃないかな。スターDJとか、スタープレイヤーみたいな。彼女のキャラクターも面白いし、なんていうか、いわゆる古いタイプのザ・クラシックみたいなかしこまった感じがないし、いつも新しいことにチャレンジしているのが凄いです。

 

-そして、今回の連載の最後は大森さんが自分と似たところを感じるという作曲家・シューベルトでした。

シューベルトは沼ですね。原稿でも書いたけれど、彼を時代の流れの中で見ると、モーツァルト=フランス革命の前の人、ベートーベン=革命の人、そして革命が終わった時代に登場したのがシューベルト。革命を経て、個人の内面のつぶやきや思いみたいなものがむくむくと出てきた時代の作曲家だった。

 

-確かに人間味というか、個人の内面のゆらぎのようなものがシューベルトの曲を聴くと感じられる気がしました。

そうなんだよね。でも、そうであるが故に聴いていて鬱陶しくムズがゆいっていう部分もあって(笑)。そこも含めてシューベルトは面白い。そんなことから、シューベルトの歌曲はよっぽどの理由がないと聴かなくて、聴くのは主に室内楽ですね。

 

 

-そもそも大森さんがクラシックを聴き始めたきっかけって何かあったんですか?

自分の娘が小さい時にバレエを習っていて、一緒にバレエを観に行ったときに聞いたチャイコフスキーのバレエ音楽がきっかけ。こんな音楽をもっと色々聴いてみたいなって思ったんです。特にチャイコフスキーはすごく華やかでメロディーも美しくて、世の成人男性が抑圧しているファンシーな何かがギュッと濃縮されているようにも思える。それをきっかけに周りにクラシックの先輩的なリスナーが何人かいたから、「チャイコフスキーが良くて、つぎはどんなものを聴いたらいいかな?」と聞くうちに、ベートーベンやモーツァルト、古楽とかに出合った。
当時はまだサブスクもなかったので、CDショップで試聴コーナーに行って、片っ端から気になったものを聴きつつ購入して、友達にもCDを貸してもらったりとかで、どんどん色んなものを聴いていました。

-クラシックの入り口はバレエ音楽からだったんですね。そのほかにクラシック音楽の情報をこんなところから得ているというものはありますか?

本を読んで知るっていうのもありますね。リチャード・パワーズの『われらが歌う時』っていう小説があって。もう15年前くらいに読んだ本なんだけど、アメリカが主な舞台でヨーロッパから亡命したユダヤ人のお父さんとアフリカ系のお母さんと、音楽の才能を持った3人の子供たちの話。戦争や公民権運動などの時代の流れに家族が翻弄されながら生きていく物語なんだけど、その局面局面にクラシックやルネッサンスポリフォニーの曲が出てきて、それを片っ端から聴いていた時期がありました。クラシック入門みたいな本だとのめり込めないけど、こういった小説の中で出てくるとどんな音楽なんだろうって気になって聴いてみるきっかけにはなりますね。

 

-この連載で紹介しきれなかった音楽もたくさんあると思うんですけど、大森さんが今注目しているクラシックのトピックってありますか?

長岡京室内アンサンブルっていう京都の室内楽団は、本当に大好きな楽団で、ここ数年ずっと追いかけています。色んな巡り合わせで生演奏を聴くきっかけがあって、その演奏がもう素晴らしくて、感動したので音楽監督の方に会いに行ったんです。森悠子さんというミュージシャンであり、バイオリンの教師でもある方なんだけど。クラシックという括りだけでなく、音楽としてすごいなと思って、その後、取材もさせていただいた。その時に一緒に取材に行ったクラシックにあまり馴染みのない編集者も演奏を聴いて「すごい!」って言っていたのでクラシックに詳しくなくてもすごさが伝わる音楽なんだと思います。気になった方はぜひ一度、長岡京室内アンサンブルの音楽、特に生演奏に触れてみて欲しいです。

 

 

-大森さんおすすめのクラシックの聴き方はありますか?

オペラや交響曲は車を運転している時に爆音で聴くんです(笑)。それはめちゃくちゃ気持ちいい。スピード違反に注意、なんだけど。
クラシックだけを聴こうと思うとつまらないと思うんです。勉強で聴くわけではないから、今の音楽とクラシックを混ぜたプレイリストを作って聴いてみるとか。どこか今と繋がっている感じの方が自分には合っているので、これを読んだ方にもそんな感じで一度触れてもらえたらいいかなと思います。

-最後に今回の連載を読んでいただいた方にメッセージをいただけますか。

今はサブスクもあって、色んな情報に接続はしやすくなったけれど、逆にそれが故にどこからクラシックを聴き始めたらいいのか、入口がわからないのかなと思います。僕は連載を通して入口は一つじゃなくて、色んな入口があるってことを伝えられたらいいなと思っていました。例えば、コパチンスカヤから聴き始めたっていいし、ポリフォニーにハマった人が無理にシューベルトを聴かなくてもいい。
日本は小さい頃から習い事でピアノに触れてる人や部活動でブラスバンドをやっている人も多くて、クラシックには意外と慣れ親しんでいて、馴染みやすい素養はあるんじゃないかなと思うんです。ヨーロッパみたいにクラシックが生活や歴史と密接な関係でもないから、21世紀にクラシックをメタに聴きやすい環境だと思うんです。難しく考えずにこの連載で紹介した曲でも、映画やCMで気になった曲でもいい、自由にクラシック音楽を楽しんでもらえたらと思います。