文字に良し悪しなんてない。でも、町には工夫と遊び心がたっぷり詰まった良い文字が、たくさんある。町中の看板文字に魅せられて、自分が「良い!」と思う文字(=よき文字)をデザイナーならではの視点を交え、発信し続ける松村大輔さん。よき文字とは一体どんな文字なのか、そのひと文字に惹かれた理由を紐解きながら、よき文字の定義を前後編で深掘りしていきます。町の看板ひと文字にギュッとピントを合わせると見えてくる個性豊かな文字たち。あなたもよき文字探し、してみませんか?

 

 

ブックデザイナーの松村大輔です。
趣味は全国各地の町歩き。と言ってもご当地グルメをいただいたり観光地を訪れるわけではなく、土地土地の商店街や歓楽街の店舗に掲げられた看板文字を眺めるために出かけています。

看板の文字は既製の書体(いまなら皆さんのパソコンやスマホにも入っているデジタルフォント)でできたものや、企業のロゴが使われたものなどさまざまなスタイルがあります。なかでも僕が好きな文字は、その店のためにデザインされたオリジナルな1点もので、そんな文字をいつの頃からか〈よき文字〉と呼ぶようになりました。文字のデザインに良い悪いなんてないのですが、主観で見ています。

振り返ると2005年。当時から古い商店や町並みが好きで、イラストレーターの友人と一緒に商店街を記録しブログに残す活動をはじめようと、当時値段がこなれてきたデジタル一眼レフを購入しました。それまでのフィルムカメラでは、現像代やプリント代がかかりましたが、これを機に手軽に撮影を楽しめる環境になったのです。その時初めてカメラのフレーム一杯にお店の看板文字を撮影し、その文字の素晴らしさを世に伝えることになりました。

 

最初に訪れたジョイフル三の輪商店街オオムラパンにて。

 

2010年頃になるとスマホの普及とともに、Twitter(現在のX)やInstagramなどのSNSが盛んになり、そこで自分が出会い、自分が良いと思った看板文字をシェアするようになります。そのうち、屋号が記された看板文字の中で、一文字だけ飛び抜けて面白く独創的なデザインが多いことに気づき、その一文字をトリミングし、小さなスマホの画面向けに投稿するようになりました。平仮名なら〈よきかなひらがな〉、片仮名なら〈ヨキカナカタカナ〉と名づけ、書籍にもしてもらいました。

 

同人誌として書籍化を決意表明した投稿。 皆さんが見覚えのある「ポ・ボ」はありますか?

 

お店や会社の屋号は、どんな業種でも主にとってはとても大事で特別なもの。看板文字のデザインにも店主や看板職人やデザイナーのさまざまな思いが込められているはずです。そんなの楽しいに決まっています! 僕が好きな文字〈よき文字〉とはどんな文字なのか、いくつかご紹介していきます。

 

よきかなひらがな

平仮名のルーツは中国からやってきた漢字。古く、漢字で記されていた文章を日本人が省略し書き始めたのがきっかけなんです。そんな日本オリジナルの文字から愛でていきましょう。

ひらがなの「ぬ」。上部の突起が耳のように見えてきませんか? テントウムシなら目? 右下の結びが描くマルを他の空間2箇所にも採用しています。

たぬき煎餅の「ぬ」。看板全体で見ると、「ぬ」がタヌキらしさを醸していることが分かります。

平仮名の「の」。本来丸く書かれる部分がことごとく尖って書かれています。

「ワイシャツをつくる店のざき」の「の」。「ざ」と「き」の尖り部分のテンションを採用したことで生まれたデザインなのかもしれません。

ひらがなの「め」。1画目の途中部分をあえて省略し、2画目が作り出した空間を優先。シンプルで美しい造形になっています。

すずかめの「め」でした。その他の文字にも“ならでは”の工夫が散見され、いつまでも眺めていられます。

 

ヨキカナカタカナ

片仮名は外来語を表記するのに便利な文字ですが、本来は漢字や平仮名で表記できる「クスリ」や「メガネ」などでも使われることがある、町でモテモテの字種になります。平仮名よりも多くの文字を見つけることができると思います!

カタカナの「シ」。どう考えても3画目が太すぎますが……

フクシマの「シ」。屋号全体で見るとすべての文字に太いパーツを入れるルールを課していて、「シ」は3画目にその役割を託したわけです。

カタカナの「レ」です。平仮名の「し」やアルファベットの「U」のようで器になりそうな懐とずっしりとした重心に包容力を感じます。 

 

 

通天閣の近くにある喫茶店ドレミの「レ」です。三角形だけで構成された「ド」と「ミ」も面白いのですが、こんな「レ」はなかなか見ることができません。

カタカナの「ッ」

東京都内に10店舗を展開するクリーニングチェーン「オリック」の「ッ」。最近の店舗は、フォントでできた看板やアルファベットのデザインに置き換わりつつあります。

 

いにしえの既製文字

パソコンや写植文字の登場以前にもレディメイドのデザイン文字は存在しました。

〈あおき〉も〈さなだ〉も『現代図案文字集』という書籍に掲載されている文字でできています。看板やチラシ等に自由に使えるさまざまな図案文字が掲載された本が、当時ベストセラーにもなったそうです。お手軽な仕事にも思えますが、このスタイルの文字に出会うととても嬉しくなります。

 

昭和9年初版刊行『現代図案文字集』辻克美著(浩文社)より

 

良い漢字

平仮名・片仮名と数多くの文字を見てきましたが、漢字にも美しく楽しい工夫が凝らされた文字がたくさんあります。

肉の川善の「肉」の字。サシが入ったお肉のように見えませんか?

コーヒー専門店 憩。ハートやダイヤのパーツがキュートで、「心」部分も独自の美学によってデザインされていると思われます。

「設計製図 君津工設」の「図」。くにがまえの中に片仮名の「ヅ」が書かれています。

遠目に「図」と判別できそうだし、書いた人の遊び心なのか業界特有の様式なのかは不明ですが僕はここでしか見たことがありません。

 

屋号全体が楽しい文字たち

どうしても1文字をピックアップできない屋号のデザインに出会うこともあります。
 


こちら〈ブティックもんしろ〉は、あたかもロゴ全体でモンシロチョウを表しているかのようなフォルム。「も」の横画を蝶の触覚にしようと発想し、この形が生まれた時の作者の喜びを想像するだけで嬉しい気分になります。

全文字が何らかの形で繋がっている〈ともえどう〉。特に最後の二文字「ど」「う」のつながり方には驚かされます。まさか上段に「う」が戻っていくとは!

 

このように町の文字を楽しむためには「かわいい!」「味わい深い!」「なんとなく好き!」の少し先の部分を想像すると、より理解が深まり楽しむことができます。まずは文字のデザインの美しさや面白さから入り、作者の気持ちやコンセプトを考えはじめます。すると、お店の業種・歴史・ポリシーから、その地域とお店の関係性まで、さまざまな事情が気になりはじめ、気づいたら一文字をきっかけにお店や地域のトリコになっていることがよくあります。

あなたの住む町にもきっと〈よき文字〉はあります。日々のお出かけやお買い物のついでで良いので、看板文字に目を向けて見てください。住み慣れた町の見慣れた看板も何か違う表情を見せてくれると思います。

 

後半ではさらに深度を深めていきます!