魚の顔=うおづら。水族館で魚を見るとき、基本的に魚を横から見ている。そして、それが正面だという感覚だった。しかし、少し考えてみると、それが横顔だということが分かる。正面から魚を注視したことはないかもしれない。魚の正面からの写真を撮り続ける、うおづらカメラマン森岡篤氏に、うおづらについて語っていただいた。

 

それまで魚を横から撮影していた

僕は魚の顔を撮影する、カメラマンです。
10年程前にカレンダー用の写真を撮影する仕事が入りました。熱帯魚や金魚の写真を6カットほど撮り下ろすものです。ペットを飼育している人に向けた、専門的なカレンダー用のカットなのですが、もっと広く人に見て貰えるようなイメージの写真を載せていこう! ということで制作が始まりました。
最初の2年くらいは、水槽の中で撮った爽やかなイメージのものを撮っていたのですが、3年目くらいになるともっとインパクトがあるようなものはないか? と思い始め、個人的に単純に綺麗な写真では物足りなくなってきていました。

このころ撮影の合間に魚の顔を趣味程度で撮影していたので、これをカレンダーに使えないか? 考えていたのですが、魚の顔を正面で見ている面白さはあるのですがただ正面で撮影しただけでは、まだ魚が好きな人にしか分からない面白さだと感じていました。

そこで何度も魚の顔を撮影してみると、魚の目線、口を開ける姿、ヒレの動きも面白いことに気づき、同じように撮影した他の種類の魚を集めて見てみると、魚達が話し掛けてくるようで、眺めているとクスッと笑えてきます。見たことのない魚の個性を見つけたような気がしました。宣材写真のように白い背景にして魚達を撮影していると、魚でありながら人物のポートレイトを撮っているような感覚でした。

魚の表情を撮影することに色々な技を駆使して、これまで沢山の魚達の表情を撮影してきました。魚に表情があるのか? そもそも魚に感情があるのかと考えることはあまりないのかもしれませんが、毎日のように魚と向き合っていると、魚に表情があってもおかしくないと思うことはよくあります。撮影の時は嫌がってカメラの方はむいてくれません、ごはんの時間になるとおねだりする時の表情はホント嬉しそうな顔をして寄ってきます。怒ったり、笑ったりはしませんが、魚にもなにか感情はあるような気がします。最近では魚の心について研究されているそうです。

2020年に、魚にも人に近い心が存在するのではという可能性について発表されていました。魚には表情にあまり出さないが感情があると考えると今後は水族館で見る魚の見方もすごく変わってくるのでは。

僕が魚を撮影するときは、目線や口の動きに気を使います。
たとえば目線が上を向いているだけで、可愛くなって表情が変わってきますから。これまで魚を種類で見ていたのですが、個々の生き物として一匹一匹を観察するようになり、同じ種類でも違いがあるのが見えてきました。
特に口は表情を表すのにとても大事な部分です。たらこ唇やしゃくれたへの字口、尖ったおちょぼ口、可愛いですね。魚の細部までをみて、その特徴を撮影していくうちに、その魚が種の特徴であり、どんなものを食べているかに深く関わっていることに気づきます。

 

魚の顔に面白さを発見

仕事では図鑑などに載せる横向きの魚の撮影がほとんどです。これまでにそんな魚を沢山撮影してきました。
フイルムで撮影していた頃は、フイルムを現像する経費を考えると余分な角度から撮ろうと思ったことは無かったのですが、群れで泳ぐ小さな熱帯魚を撮影していた時に、一匹の魚の顔をアップにして撮ってみると、意外にもコワモテの顔が撮影出来ました。えっ!こんな顔して泳いでいたんだ! と思うとおかしくなって、笑ってしまいました。群れの他の仲間も同じ顔をして泳いでいることがおかしくて。これまで感じたことのない魚との新たな出会いを感じた瞬間です。
これまでは、まだ撮影していない珍しい種類や撮ることが難しい魚を撮影することが楽しみでしたが、魚の表情を撮影するようになってからは、身近な金魚や小さな魚を撮影することが新鮮で、同じ種類の魚でも全く違う表情をみせてくれます。
こんなに飽きるほど撮影してきたのに一周回って、今はとても新鮮な気持ちです。これが偏愛の入り口だったのかもしれません。

今年の3月にはベネチアの芸術展から声が掛かり、ついに魚の顔の正面=うおづらを海外で披露することができました。嬉しー。
観に行くことは出来ませんでしたが、イタリアの人たちにも魚達の表情がクスッときたようでした。

 

魚を撮るのは難しい

正面から向かってくる魚にピントを合わせるのはとっても難しいです。
一番難しいのは、小指の先くらいしかないような小さなサイズの魚で、最新のカメラ機能を使っても撮れません。
AI技術を用いた瞳を感知して、ピントを合わせてくれる瞳AFも小さな魚の瞳には効かないようです。
僕は犬や猫も撮影をするのですが、そんな時も大事にしているのは表情です。撮影時間は短いのですがその中で可愛い表情を引き出すのは難しいこと。撮影している状況はそれほど変わらないようにしていますが、ワンちゃんの時は沢山しゃべります。散歩とか食べ物のことを話すととってもいい顔をしてくれるんです。魚は水中の生き物なので撮影前の水の管理が重要です。

水温やpH(水素イオン濃度指数)は最低でも魚に合ったものに合わせておかなければいけません。世界の魚を扱うので水の種類と適正水温は色々です。この水が合っていないと気持ちよく泳いでくれないので気を付けるところ。あまりに違い過ぎると死んでしまうこともあります。

後は基本的にはじっとして待つ。少し動いただけでも凄く驚いて底に沈んでしまうので、動かないようにじっとしています。中には殺気を感じ取るような魚もいて「撮りたい!」という僕の気持ちが強いと、まったくこちらを向いてくれない子もいます。心を無にしてひたすら動かないようにしてカメラに目線向けてくれるのを待っています。

それでも最新カメラの技術は凄くて大体のものにピントを合わせてくれます。
小さな魚にどのようにピントを合わせているのか説明すると、一定の場所にピントを決めて、その場所に魚がやってきた瞬間にシャッターを切って撮影をするという、意外と古典的な技術で撮影をしています。
魚を撮って撮って撮り続けた結果、気付くと魚の表情まで撮影するカメラマンになりました。ぼくはこの撮影を普通に楽しんでいたことなのですが、撮りだめた魚たちを纏めて、世界初の魚の図鑑「うおづら」を出版出来たことは本当に嬉しいです。

これまで撮影してきた魚達のポートレイトは、「うおづら」という名前を付けて貰って、魚好きな人だけでなく沢山の方に見て頂けるようになりました。
この顔に癒されるという言葉を頂くと不思議な気持ちです。魚の写真を長い間撮影してきてこんな事を言われることが無かったからとても新鮮です。それが、私にとって嬉しいことであり、撮り続けている理由でもあります。クスッと楽しい気持ちにさせてくれる、うおづらは飽きることがありません。これからも魚を身近に感じて貰えるように、楽しいうおづら写真を撮っていきたいです。

 

写真協力:水作株式会社