7年間で1000ヶ所以上の電気風呂の強さを計測してきた電気風呂鑑定士・けんちん。銭湯から電気風呂本体を譲り受け、自宅に飾ってしまうほどの電気風呂愛。様々な電気風呂に入り続けてきたからこそわかる、電気風呂の魅力、奥深き世界へあなたを誘います。前編では、電気風呂の基本のきから、筆者が電気風呂にハマったきっかけを語ります。

 

電気風呂ってなんだろう

浴槽に設置された電極板から微弱な電流を流し、入浴者に電気的刺激を楽しませる装置。それが電気風呂。主に銭湯のすみっこにある設備である。私は電気風呂に入浴することを『電浴』と呼んでいる。混んでいる銭湯であっても空いている場所であり、入浴者はおろか、銭湯の大将や女将ですら半分の人しか入ることのできない設備である。(けんちん調べ)
そんな電気風呂だが、実は同じように見えて、同じものは一つもないと思っている。

 

「でんき風呂」のかわいい文字が目立つ入浴注意看板。効能等の記載はなく、ひたすら入ってはいけない人の注意書きが書かれている。国からの指示により、掲示は必須である

 

電流の違いを身体で味わう

電流の違いは大きく分けて3種類。一定型とマッサージ型、それと不規則型。一定型は同じ強さの電流が真っすぐ身体に当たる感じ。一番オーソドックスである。マッサージ型は押す・揉む・叩くといった、マッサージチェアのようなリズムで電流が流れる。電流にインターバルがあり、初めての人でも入りやすい。一定型とマッサージ型はデジタル制御された本体から電流が作られている。一方、不規則型はアナログ制御の本体から電流が作られているため、電流のリズムが不規則で変化が大きい。本体の個体差が大きく、同じ揺れの電流がないとも言える。デジタルには出せない揺らぎを出すことができ、全身に大きな波動を受けることができるのが特徴。
私は勝手にアナログ電気風呂の電流を「波動拳」と呼び、電浴している。テレビゲームの中でしか存在しないと思われていた見えない波動を実際に受けることができる。これはすごいことなのではないだろうか。強い電流のアナログ電気風呂であれば、身体が動く程の衝撃があり、遠くの彼方から「はどーけん!」と聞こえてくる気がするのである。

残念なことに不規則型の電気風呂を作っていた職人さんは20年ほど前に亡くなり、今、新たに作り出すことはできない。現在、稼働しているアナログ電気風呂は関西を中心に100軒程度しかなく、アナログ電浴を味わうことができるのは今しかないのである。デジタルのメーカーは大阪の「小西電機」と名古屋の「水野通信工業」、アナログのメーカーは大阪の「坂田電気工業所」。それぞれ親しみをこめて、私は小西さんや水野さん、坂田さんなど、名前で呼ぶようにしている。

 

小西電機の電気風呂本体。機種名は「WAKAGAERI」。電源ボタンと強弱つまみのみのシンプル構造なので、直観的でわかりやすく誰にでも扱いやすい機械である。

 

お風呂好きでも電気風呂には入らない

最近、銭湯やサウナの愛好家から「電気風呂の魅力を教えてほしい」と聞かれることが多くなった。自分にとっては「日常」である電気風呂入浴は、普通の人だけでなくサウナや銭湯愛好家からしても、「非日常」なのである。これまで電浴手順を伝授し、電浴できるようになった人を何人も見てきたが、皆、電浴できたら、笑顔になった。この笑顔を見ることが自分にとって、至上の喜び、電浴を薦めて本当によかったと感じる瞬間である。確かに冷静に考えれば、“電気を身体の中に取り込む”と言葉にしてみたら、非常に恐ろしいことだなと思う。

電気風呂そのものは幾重にも対策がなされた安全な装置であり、この事実をもっと伝えていかなければいけない。電浴する際のコツはとても簡単。最初に手指を入れないこと。これだけ。骨が電気を通しやすく、指は特にかんじやすい部分である。電浴する際はお尻や太ももなど、骨から遠い場所から入ると入りやすいので、ご参考までに。

 

坂田電気工業所のアナログ電気風呂本体。機種名は「電気浴器」。昭和40年代に製造された個体であり、強弱つまみが非常にレトロ。真ん中のコイルに振動板が触れると、電気が流れる仕組みとなっている。

 

電気風呂との出会い

私自身、電気風呂愛好家として積極的に活動してからはまだ浅く、7年ほど。これまで1000ヶ所を超える施設の電気風呂と出会ってきた。最初の出会いはいつだったのかははっきりとは覚えていない。おそらく小学生の時に家の近所に新しくできたお風呂屋さんで入ったのが最初だと思う。指先を入れるとビリビリと電流が流れてびっくりした。怖かったのを覚えている。

時は流れ、電気風呂に入れるようになったのは2004年ごろのこと。当時、私は配達の仕事をしており、腰を痛め、コルセットなしでは立つこともできなくなった。病院でリハビリや電気治療を受けても一向に良くならない。ある日、銭湯で一緒になったおじいさんから「電気風呂を当ててみたらどうか? わしは調子悪い場所はいつも電気を当てているから全身元気なんだ」と教えてもらった。その銭湯の電気風呂はとても強い電流だったが、藁にもすがる思いで1か月通って腰に当て続けてみると、1か月弱でコルセットをはずせるまでに回復したのだ。おじいさんが電気風呂に入っている意味が分かった気がして、電気風呂という設備が自分のインフラに代わった瞬間だった。それ以来、私は当たり前のように電気風呂に入れるようになった。

 

電極板の設置場所にも様々な種類がある。こちらは左右で電極板が設置されている「L字配置」と呼んでいる設置方法。奥にいけば、電流が強く、手前側はマイルドで電浴しやすい。

 

電気風呂鑑定士への道

次の転機は2017年。いつも通りに電気風呂へ入った際にふと考えた。「電気風呂って銭湯によって強さが違う気がする。なんなら電流の感じも違う気がする」と。半年かけて50軒の銭湯を巡り、看板や電極板の違い、電流の波形の違いをなんとなくつかんだ。

そして、関東への1年間の単身赴任が決まった。これは運命だと思った。仕事終わってから終電まで電気風呂を巡る毎日。1年で東京・神奈川・千葉・埼玉・山梨など、関東地方の約250軒の銭湯を巡った。そして、関西に戻ってから5年で600軒以上の公衆浴場、150軒以上の温浴施設を巡った。いつの間にか、電流を浴び、細かな揺らぎやリズムを感じることでメーカーがわかる身体になっていた。

 

電気風呂は考古学である

電気風呂を調べていて気付いたこと。それはインターネットや文献など、極端に情報が少ないことである。調べた情報は他の誰もが知らないことであり、化石を発掘するかのように、電気風呂のことを調べれば調べる程、新しい発見を見つけることができる余地がある。たとえば、「新たなメーカーの電気風呂」が長崎で稼働していることを現地で銭湯の大将にヒアリングをしてわかった。また、京都で戦前から使用されていた電気風呂が昭和50年代後半から昭和60年代までの短い間に全て大阪のメーカーの電気風呂に置き換わったことがわかった。ただ、文献はなく、事情を知っている人が全くいない中で本当に存在していたかどうかわからなくなっていた。まさに「トロイの木馬」状態である。仮説を立て、銭湯関係者や設備業者の方にヒアリングを行い、電気風呂を作っていた方の親族に会うことができた。幻と思われていた電気風呂は実際に存在していたのである。

私にとっての電気風呂は「身体を癒してくれる設備」であり、研究対象として、新たな発見がまだまだある対象であると考える。

 

温泉に設置された電気風呂。通常、地下水や水道水の場合はステンレス製の電極板であるが、温泉は腐食しやすいためチタン製の電極板となっている。電流の伝わり方が少し異なり、違った電流の強さを楽しむことができる。