きっちり統⼀されている案内表⽰たちのサインシステムから逸脱してしまっているサインを「野良サイン」と名付け、観察・記録し続けているちかくさん。そんなちかくさんが野良サインの中で“愛好している”と言い切れる「ビーポップ」というカテゴリは一体どんなものなのか。野良サインというテーマをずっと携⾏してきたからこそ見つけることができた「ビーポップ」の魅力を語る。

「野良サイン」についての記事はこちらから

 

駅で⾒かける、公式のフォーマットから逸脱している案内表⽰のことを「野良サイン」と呼んでいる。その野良サインを撮り集めたり、本にまとめたり、といった活動をしつづけてきた。 

⼀⽅で、「野良サインマニア」とか「野良サイン愛好家」と⾃ら名乗ることに違和感を覚えはじめた。「いやいや、それほどの者では」という気持ちが⽣じてしまうことが主な理由なのだが、そもそも「野良サイン」ってカテゴリとしてデカすぎる、という話もある。例えて⾔うなら「洋楽が好き」くらい⼤きい。そのなかにもいろんなカテゴリや視点があるはずだ。その全部を背負うことはできない、という気持ちがうっすらとある。

じゃあ野良サインのなかで特に関⼼がある、愛好していると⾔えるカテゴリって何かあるだろうか。そう考えたときに思い浮かんでくるうちのひとつが「ビーポップ」だ。

 

なんだか癖のある丸ゴシック体と、巨⼤なテプラみたいなサイン

「野良サイン」の存在を認知して、そう名付けたのが2008年ごろ。その頃から駅でたびたび遭遇してきた、謎の丸ゴシック体の書体がある。

 

太めの丸ゴシック体の⽂字

 

はじめはこの書体のことを特に意識せず「あ、野良サインがあるな」とだけ思って、他の野良サインと同様に、写真に撮って記録していた。⽂字や書体に関⼼があったので、ある時「そういえばこの書体、駅では良く⾒るけど⼀体なんなんだろう?」と思いはじめた。⽇本語のフォントを作っているメーカーのカタログを眺めたりもしたが、似たフォントはあっても全く同じ、と⾔える書体は⾒つからなかった。

ひらがなの字形がけっこう独特だし、⼀般的に販売されている書体じゃないのかも……? テープ状のものが多いし、テプラの巨⼤版がある? 調べてみても、テプラにもネームランドにもピータッチにも、こんなに⼤きいラベルを刷れる機種は無さそうだ。うーんわからない。⾏き詰まって⼀旦忘れる。

何年かおきにこの疑問を思い出して、また少し調べて、でもやっぱりわからない。そのまま10年くらい経った。

 

 

その後、あの⼿この⼿で調べた結果、あるマシンに搭載されている書体だと分かった。それが「ビーポップ」という製品だった。事務⽤品メーカーのマックスが製造‧販売している「サインプリンター」なる製品だ。まさにテプラの巨⼤版という感じで、帯状の専⽤⽤紙に⽂字を印字できる機械らしい。駅にやたらあるあの丸ゴシック体の⽂字は、そこに搭載されている専⽤書体が刷られたものだった。

 実際に使ってみたいな、と思って中古市場で出回っていたビーポップを⼊⼿。実際に動かしてみて、本当にあの丸ゴシック体だ……! と感動した。

 

キーボードと画⾯が搭載されている機種も以前はあったし、いまはパソコンとUSB接続する機種が主流。⽂字だけでなく、イラストやPOP⽂字も印刷できる

実機に触れるよりも前、ビーポップという製品があると知った段階から、駅でビーポップの⽂字を発⾒しやすくなった。過去に撮った野良サインの記録写真のなかにもビーポップを使った事例がどんどん⾒つかっていったし、駅だけでなく、まちなかでもビーポップに遭遇するようになった。名前を知っただけで急に⾒えるようになったのだ。こういう現象は「ジョシュアツリーの法則」と呼ばれるそうだが、まさにそれが起きた。

これまでに撮り集めてきたビーポップの写真や、ビーポップ実機を触って知ったことをまとめて本を作った。これまで野良サイン関連の本を趣味でいくつか作ってきたが、このビーポップの本は今のところ⼀番気に⼊っている。

 

⾃作の本『えきなかまちなかビーポップ』。表紙にはビーポップで印刷したシートをランダムに貼り付けている

 

鶴⾒線で⾒たビーポップ‧サインたち

ビーポップについて発信を続けているうちに、本を⾒た⼈たちや⾝近な友⼈から「ここでビーポップを⾒つけた!」と教えてもらうことも出てきた。うれしい。

そうした声のなかに「鶴⾒線の扇町駅ホームにいいビーポップサインがある」という情報があり、実際に⾏ってみることにした。

 


朝、鶴⾒駅で友⼈らと合流。JR鶴⾒線のホームに向かうとさっそくビーポップと遭遇。

 

 

鶴⾒線には分岐がある。⾏き先がおおまかに3種類あって、路線図でも線が3⾊に塗り分けられている。今⽇の⽬当ては扇町駅。⾚いラインで描かれている扇町駅⾏きの電⾞に乗って終点を⽬指す。
(※鶴⾒線は本数がかなり少ないので、浅野駅よりも先の駅を⽬指す場合は時刻表を事前にチェックしておくのがおすすめ。場所によっては徒歩で駅間を移動するも良さそうです)

鶴⾒駅から扇町駅までは18分。途中、弁天橋駅の⼿前あたりで⾵景が⼀気に切り替わる。そこまでは住宅街だった景観が、スッと⼯業地帯に⼊っていく。

 

 

扇町駅に到着してドアが開くと、単線のホームの壁にいきなりカラフルなビーポップが。おお~、これか!

 

 

鶴⾒線には無⼈駅が多い。この扇町駅もそうだ。なおかつ、駅の周辺には観光⽬的で来た⼈が楽しめるような場所が特に無い。乗ってきた電⾞でそのまま折り返してしまうケースが多いのだろうか。そうした⼈たちに向けて「ちゃんと精算してね」と伝えるための説明がビーポップで印刷されている。

「扇町」という駅名だけが⾚いシートに印字されていて、路線図の配⾊と⼀致している。そう考えると、さっき鶴⾒駅で⾒たビーポップも「海芝浦」の部分が⻘だった。これはもう間違いなく意図的なカラーリングだ。

 

 

折り返しの電⾞に乗らずに駅の敷地を出た我々は、そのまま⼯業地帯のなかを北の⽅に歩き、産業道路を超え、川崎区⼩⽥のあたりを散策した。このあたりはノー‧ビーポップだったので割愛するが、感じのいい商店街がいくつかあり気になるエリアだった。それ⽬当てでまた⾏ってみたい。

次の⽬的地は海芝浦駅。まず安善駅まで歩き、そこから1駅だけ鶴⾒線に乗って浅野駅で降りた。ここは分岐駅で、⽀線に乗り換える⼈向けの案内サインが出ていた。ここでも掲⽰物のほとんどがビーポップ……!

 

 

狭い柱のように、細⻑い空間に掲⽰するものを作りやすいというのはビーポップの強みかもしれない。ここでもやっぱり、ラインカラーの⻘や⾚がしっかり踏襲されている。

⻘⾊のビーポップに導かれて電⾞を乗り継ぎ、終点の海芝浦駅に着いた。ホームの柵の向こう側は「海」……ではなく京浜運河。といっても、視界は開けているし海と⾔われても違和感がない。どちらにしたって異様なロケーションだし、なんだかすごいところに来たなーという感じがする。終着駅だからなおさらだ。

 

 

海芝浦駅にはもう⼀つ特徴があって、駅⾃体が東芝の敷地内にある。関係者でなければ改札を出られない。ふつうの駅なら⾃動改札機がありそうなところに、オフィスビルでよく⾒る⼊館ゲートのようなものが設置されている。

 

 

⾃分たち以外にも、東芝の関係者ではなさそうな⼈々が5~6グループほどいた。海(運河)を眺めてぼーっとする⼈、海(運河)を背景にウェディングフォトを撮るグループ、併設された⼩さな公園で本を読む⼈。各々がこの変な駅をそれぞれに楽しんでいる。

ほかの駅と同じようにビーポップ‧サインがあるなあ、と思ってうろうろしていたとき、すごいものが⽬に⼊った。

 

 

わーー! と我々は声を出してしまった。あまりにカラフル。シートを5⾊も使っている。鶴⾒線の新しい⾞両の賑やかな⾊使いに対抗しているのか……?「出場」「⼊場」はタッチ端末の⾊に合わせているし、「Suica」は緑⾊、「PASMO」も⾚いシートに印字。⾊を細かく切り替えている。情報が押し寄せてくるような迫⼒もある。すごい。

 今⽇ここまでに⾒てきたビーポップ‧サインの集⼤成といった感じもあった。ここまで来てよかった。海(運河)を⾒つづけているビーポップ、他にあるのだろうか。

 このにぎやかなビーポップ群を前にテンションが上がってしまった我々は、みな揃ってその内容を理解していなかった。これはサイン観察あるあるだと思っているのだが、表現⽅法のすごさに気を取られて、中⾝をちっとも読んでいない。改めて野良サインの⾔っていることを読んで、指⽰通りにSuicaをピッ(出場)‧ピッ(⼊場)とやり、折り返しの電⾞に乗って帰った。

 

 

「野良サイン」偏愛ではなく、「ビーポップ」偏愛

いろいろある野良サインの中でも、ビーポップで印刷されたサインに遭遇するとうれしい。「あ、ビーポップだ!」という感じに毎回なる。ビーポップというマシンを知るに⾄るまでの経緯があったからこそ、とも思えるし、もちろん⾒た⽬のかわいさも理由に含まれる。それに加えて、「独特すぎる制約」があるからこそ惹かれてしまう部分もある。 

パソコンとレーザープリンターがあれば⼤抵の平⾯表現はつくれる。制約が⼀切ないわけではないが、基本的には⾃由度も汎⽤性も⾼い道具だ。それと⽐べるとビーポップは制約だらけ。サイズや使える⾊も、メーカーが⽤意しているシートとインクリボンのラインナップの範囲内に限られる。でも、制約があるからこそ⽣まれる表現もある。海芝浦駅のあのカラフルなサインは、ビーポップだからこそ出てきたビジュアルのひとつだと思う。

 


⾃分にとっては、野良サインのなかでもビーポップが特に気になる。これは偏愛と⾔ってもいいのかもしれない。そう考えると、⾃分以外の⼈が野良サインをどう⾒ているのか、好きポイントはどういうところにあるのか、聞いてみたくなってきた。