スナックのカラオケ録音や合唱コンクール、おじいちゃんへのメッセージを吹き込んだカセットなど、一般人が記録のために残した音源を「身内音楽」と呼ぶらしい。その名付け親であり収集家でもある数の子ミュージックメイトが、未知なる音楽の魅力や面白さについて全4回にわたり語ります。第1回は、導入編。「身内音楽」とは一体どんなものなのか?

突然ですが、学校の卒業記念に、合唱コンクールのCDやレコードをもらったことってありませんか?
もう一つ。子供のころ、自分の声や歌をカセットに録音したりしませんでしたか?
「あ~実家にあるわ」という人も、経験がない人もいるでしょう。いずれにせよ、そういった音源がこの世にはある、というのは広い世代が持つ共通認識ではないでしょうか。
ではそうしたものを好んで集めるか、しかも他人の思い出の品を…となるとこれは「未踏」の領域なのかもしれません。
私、数の子ミュージックメイトは、みんなが覚えているけど誰も知らない音の記録を「身内音楽」と名付け、収集しています。

 

身内音楽って何?

「身内音楽」は、プロではない一般人の歌声や演奏、声が収録された「録音メディア」のことです。
メディアは主にレコード、CD、カセットの3つ。古くは戦前、新しいものは令和と、およそ100年の幅を持ちます。スケールがデカいのです。
所有できる物体であることが身内音楽のポイントで、ネット上の動画や音声は収集対象にはしていません。レコードやCDだったらジャケット、カセットならラベルシールも重要な要素だからです。
集めだして10年を超えましたが、もともと整理が苦手なのもあり、コレクションは数千枚かなぁ…くらいの把握しかできていません。自宅はカオス状態です。

「身内音楽」はその名の通り、もともと身内だけでしか聴かれない・配られないものなので、その総てが非売品。友達の家で突然聴かされたりしない限り、聴くことはない音源です。
一般流通している音楽と違って身内音楽は、不特定多数のリスナーが想定されていません。「私の曲を誰かに聴いてほしい」という思いが薄いのです。
なので、音楽ではあるのですが、どちらかといえば家族のスナップ写真や個人の日記などに近い、ライフログ的な存在です。

 

 

素人の演奏や歌は技術的に未熟なので、通常の基準でその多くが"ヘタ"なのですが、演奏の楽しさや力のこもった名演も多く、聴いてみるまで全く予想がつきません。再生するまでのワクワク感が大きな楽しみです。
体育館や文化センター、家庭での一発録りには、その場の空気が、やる気のある人も無い人も一緒に、そのまま音として記録されています。そこには、プロのアーティストの音楽にはない、過去の誰かと時を越えて出逢ってしまう、得体のしれない感動があります。

 

 

身内音楽で一番多いのが学校モノ(幼稚園・保育園、小学校、中学校、高校、大学)です。
制作枚数は1学年分の数百枚ですが、何十年にも渡って全国の学校で作られてきたので、おそらく日本で作られたレコードやCDの中で最も数が多いのが学校モノの身内音楽だと言って良いと思います。
収録内容には大きく2パターンあり、1つは合唱コンクールや音楽発表会など音楽行事の録音です。皆さんも聴き馴染みのある合唱曲や当時流行ったポップスのカバーなどが収録されています。
もう1つは、「声のアルバム」的なもの。生徒や園児の声、先生の声が収録されています。よくあるのが「校長先生のお話」、そして生徒や園児による「一言コメント集」です。

 

 

学校以外では、なにかのメモリアルで作られたものも沢山あります。
その中には、結婚式をまるまる録音した世界に1枚だけのレコードといったものもあります。なぜそんなものが私の手元にあるのか…空想が膨らみます。身内音楽は名前も知らない人たちの生活そのものなのです。

 

 

身内音楽はどこにある?

収集の場は全国のリサイクルショップ(特にハードオフ)と、ヤフオク、メルカリです。
リサイクルショップは本来この手のアイテムは買い取り不可なのですが、
不要になったレコードやCDをまとめて処分した時にたまたま紛れ込んでしまうようです。
何百枚ものレコードやCDの中から1枚の身内音楽を探し出す、かなり根気のいる作業を日々続けています。
ヤフオクは中古品業者が大量に出品するので発見頻度は結構高く、逆にメルカリは個人出品がメインでプライバシーの意識が強まるため、あまり出てきません。同じ理由でフリーマーケットでも見つかることは少ないです。
ここ数年は商品タイトルに「身内音楽」と記載されていたりして、少しずつ自分の活動が発見されているなと感じています。
また、YMOなどの根強い人気のあるアーティストのカバーが入った音源は、入札が増えていて、こうした音源の面白さが、発見されだしている気もします。

 

身内音楽の何が好き?

なぜ身内音楽が好きなのかお伝えするために、私の音楽との向き合い方についてお話します。
10代から現在まで、ハードコアパンクやノイズ・アヴァンギャルド/エクスペリメンタルミュージックなど、既成概念にとらわれない自由でタガが外れた音楽を好んで聴き続けてきました。大きな資本が絡まない自主制作がほとんどのため、チープな録音環境でのローファイな音響がひとつの特長です。音質や技術にこだわらないことによって、むしろ録音されたその時の空気感をそのまま聴くことができ、そこに惹かれています。
一方で、メジャーなポップスも、子供の頃から好んで聴いてきました。
日本のヒットソングは「カノン進行」で作られている楽曲が多いのですが、あまりにも多すぎて、私を含むあらゆる世代の人にとってDNAに刻まれるレベルでなじみ深いコードになっています。

【参考動画】

覚えやすいコードということもあり、子供の合唱や合奏で演奏されるカノン進行のポップスは、身内音楽でも収録されている確率が極めて高いのです。
誰もが知っている曲を、誰かもわからない人が歌っている、しかもヘタ。なのになぜか聴けてしまうのは、ヒット曲が持つ構造の強さがむしろ浮き彫りになるからだと思います。

ローファイな音質とポップスへのフェティッシュ、この両者が共存するのが私にとっては身内音楽だったのです。
そしてもう1つ地味に重要なのが「安い」ということ。身内音楽は非売品ということもあり、中古市場では値がつかない商品なので、売っていたとしても50円~100円程度で買うことができます。非売品なのに買える、と言うのも変な話ですよね。そんな資本主義のバグ(むしろ資本主義の本質?)っぽいところも好きです。

 

身内音楽の価値とは?

身内音楽は川原の石ころのように、普通は無価値と見なされているものです。
しかし、ただの石にも形や色合いの個性があるように、身内音楽もじっくり向き合ってみるとそれぞれの面白さがあります。
それは誰かの人生のかけらだからです。
年代によって歌声や喋り方に移り変わりがあったり、当時の流行を反映したジャケットデザインなど、録音文化史、ライフスタイル史的価値もあります。
これは色々な地域、年代のものを集めてみてようやくわかってくることです。

 

 

そしてもう1つ、プロフェッショナルな演奏だけが音楽の良さではないということ、あらゆる人の表現活動に持ち味があるということに身内音楽は気づかせてくれます。それは、その人が生きている(生きていた)証が伝わってくるからだと私は思います。
音楽が生まれる瞬間の面白さ、楽しさ、面倒くささにあふれている身内音楽。じゃあ私も集めてみよう!とはならなくても、もしその面白さがわかれば、2次会のカラオケで聴かされる他人の歌にも、ちょっとだけ温かい気持ちで向き合えるかもしれません。【了】