全国各地の酒場を巡る酒場ライターのパリッコ。語り尽くせばキリのない酒場の魅力のなかでも、特に愛してやまないのが酒場で感じる「非日常感」や「旅情」。 そこでこの連載では、「酒場と出会う旅」をテーマに、予測不可能な旅の一部始終を追体験していく。連載最終回の舞台は「横浜」。

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海へのあこがれ

海が見たくなった。

酒場旅にもいろいろなパターンがある。この連載では前回まで、突発的にたどり着いた街、なじみの街がお祭りで盛り上がる夜、外国人街、予定も目的地も決めずに電車に乗る旅と、さまざまなパターンで、日常からほんのちょっとだけ外れた酒場旅を楽しんできた。が、ずばり「お手軽に旅情を楽しむ旅」というのもまた、とてもわくわくするものだ。シリーズ最終回のテーマに、ぴったりな気がする。

東京の西側で生まれ育った僕にとって、海ほどの非日常はない。あの広大さに、コンプレックスまじりのあこがれがずっとある。子供時代の僕にとって海は、年に数回、旅行の機会に、一泊とかの時間をかけてたどり着く非日常の場所だった。高校生になり、友達に誘われ、休日に朝から電車で江ノ島へ遊びに行った時は、海って日帰りできるんだ! と、ものすごい衝撃を受けたものだ。


つまり、ただ「海を見る」ということ自体が、僕にとっては人生で最上級の旅情を感じられる行為。ゆえに、定期的に海が見たくなるし、それでしか開放しえない、魂の一部分みたいなものが、自分のなかにある気がする。

そして現在。僕が生まれ育ち、現在もメイン利用している西武池袋線の沿線は、この十数年で驚くほど便利になった。有楽町線との相互乗り入れによって行けるようになった「新木場駅」。同じく、みなとみらい線の「元町・中華街駅」など、乗り換えなしで、1時間ほど電車に揺られていれば海が見られるような環境になったことは、とてもありがたいことだ。

そこで今回は、「海を見る」というただひとつの目標だけを掲げ、ほんの数時間の、酒場と出会う旅に出かけてみよう。

 

横浜方面へ

よく晴れて、切羽詰まった締め切りもないある平日の午前。家を出て最寄りの石神井公園駅へ向かう。ちょうど数分後、各駅の横浜方面の電車が来るようだ。急いでいるわけでもないし、これに乗ってのんびりと本を読んだり、うたた寝をしたりしながら、横浜方面まで向かうことにした。

こういう場合、今までならばたいてい終点の元町・中華街駅まで行ってしまうことが多かった。なんといったって、歩いてすぐの場所に海の見える「山下公園」があるし、中華街はあるし、ちょっとした観光気分を味わうのに、こんなにいい場所はない。

だけど今回は、なんとなく天邪鬼気分が発動し、そのちょっと手前、あまり大衆酒場っぽさとは縁のなさそうな、みなとみらい駅で降りてみることに。

 

のんびりと電車に揺られていたら、横浜に到着

 

地上に出て地図を確認し、とにかく水辺があるほうへ向かってみる。駅から直結の商業ビルを抜けると、だだっ広い広場の向こうに観覧車。いきなりうちの近所とは違いすぎる風景が広がっていて、一気に旅情が高まった。何気ない商業ビルの1階に入っているレストランが、いかにも横浜らしいアメリカンな雰囲気なのもたまらない。あぁ、僕は今、横浜にいるんだな……と。

 

「よこはまコスモワールド」の観覧車

 

「AMERICAN HOUSE」なるレストラン

 

練馬区には絶対にないやつ!

 

駅から5分も歩くと、海が見えてきた。その圧倒的なスケール感は、海辺の街育ちでない僕にとって、いつ見ても衝撃的な光景だ。

 

海だ!

 

潮風の香りとこの海面の近さがたまらない

 

しばらく海沿いをぶらぶら歩いていると、バーベキューなどができそうなアウトドア施設があり、その一角に小さな店を発見。「GOODMAN STAND」という、どうやら通りすがりでもテイクアウトフードやドリンクが買える売店のようだ。

 

「GOODMAN STAND」

 

ここで「ジムビーム ハイボール」(600円)を買い、海を眺めながら飲むことにする。

 

海辺で一杯

 

座るのにちょうどいい段差を見つけ、目の前の海を眺めながらちびちびとハイボールをやる。次第にふわりと酔いの感覚がやってきて、周囲の空気と溶け合い出す意識。あまりに心地よく、30分くらいはそこにいただろうか。あくまで僕の場合だけど、人生には酒とともに無心で過ごす、こういう時間が必要だと、強く実感する。


ハイボールが空になったところで、ふたたび海辺の街ならではの風景を堪能しながらの街歩きを再開しよう。

しばらく歩いていると、意外な光景に目が留まった。それは、頭上を行き交うロープウェイ。

 

なんとも不思議な光景

 

そういえば、3年ほど前に横浜の街にロープウェイが開通したという話は聞いていたけど、間近に見るのは初めてで、横浜の港町を悠々と行き交う様は、なんともインパクトがある。正式名称を「YOKOHAMA AIR CABIN」というらしい。

正直、これに乗るとどこにたどり着くのかはわかっていないんだけど、とにかく乗ってみたい。よし、勢いにまかせて乗ってしまおう! 片道1000円の料金を払い、ロープウェイに乗り込む。すぐにぐんぐんと高度が上がってゆき、僕は高所恐怖症なので、正直けっこうこわい。が、遠くに目をやると、いかにも横浜らしい風景が一望できて、ものすごく優雅な乗りものだ。

 

つかの間の空中散歩

 

たどり着く先は……

 

酒場旅ならではの出会い

ロープウェイが終点に到着し、降りたった場所は、JR「桜木町駅」の目の前だった。桜木町といえば、横浜屈指の飲み屋街である野毛の入り口で、僕も何度も飲みにきたことがある。というか、こことすぐそばの野毛を結ぶ地下通路である「野毛ちかみち」。その途中から直結している、商業ビル「ぴおシティ」の地下街が、僕は大好きなのだった。

 

JR桜木町駅

 

野毛ちかみち

 

ぴおシティ地下2階

 

ハマったら抜けられなさそうな店

 

ぴおシティの地下2階はまさに異世界。昼から飲める酒場がずらりと軒を連ね、まだ日の高いうちからすでにいい顔の酔っぱらいがあふれている。まるで遊園地のアトラクションのような乗りものに乗って、たどり着いたのが何度も訪れたことのあるこの場所というのもおもしろい。ここまで来たらぴおシティで飲んで帰らないわけにはいかないし、期せずして今ここにいるという行程も含めて考えれば、これは立派な酒場旅だ。

数年前よりもずいぶん新しい店が増え、そして若い人の割合が増えたなぁ、なんて思いつつ、フロアを一周。僕が好きなのは「石松」と「はなみち」の2店なんだけど、今日は酒場と出会う旅ということで、どこか初めての店に入ってみることにしよう。

なるべくならば個人経営の、歴史のありそうな店がいいなぁと思いながら探し、入ってみることにしたのが、「すずらん」という店。

 

「すずらん」

 

全品400円均一らしい

 

会計は食券制で、当然、食券は1枚400円。ただ、4枚だと1500円、8枚だと3000円とお得になるらしく、僕は4枚券を購入した。つまり1品が375円になる計算だ。

1杯目は、お店のいちおしであるらしい生ホッピー風のお酒、「B酎」なるものを頼んでみる。

 

「B酎」

 

瓶入りを焼酎と割って飲むホッピーは僕の大好きな酒だが、まれにホッピーサーバーがある店があり、それを生ホッピーと呼ぶ。このB酎、見た目は確かに生ホッピーに似ている。さてどんな味かとぐいっとやると、おぉ、ビールっぽい清涼感があって飲みやすいのに、ガツンと酒が濃い不思議な飲み口だ。うまい! 一体正体はなんなんだろう?

 

メニューの一部

 

つまみは日替わりボードから「青とう厚揚げ」と、聴き慣れない「エビ玉」という料理を頼んでみる。一見コワモテ風だけど物腰穏やかなご主人は、注文の入るたびに奥の厨房へ行き、つまみを作ってくれる。出来合いのものではなく(一部はそれもあるだろうけれど)、きちんと出来たての料理が食べられるのが嬉しい。

 

「青とう厚揚げ」

 

「エビ玉」

 

そして驚いたのが、その料理のていねいな美味しさ! 厚揚げはわざわざオーブンかなんかで焼き直してあるんだろうか? 外側が信じられないくらいにカリッカリで、とろりとした中の豆腐との対比にうっとりする。自家製であろう青唐辛子の醤油漬けの辛味もいい。エビ玉は、小海老がたっぷりと入ったた玉子炒めで、これまた味加減が抜群。なんとも贅沢な気分になれる料理だ。どちらも一見何気ないふうだけど、確かな技術に加えて、サービス精神や真心まで感じてしまうような料理たちだ。

隣の常連客が「マスター、1万円券作ってよ。毎回食券買うの面倒なんだよ」なんて言っていたが、もっと近所だったら、僕もきっと同じことを言ってしまうことだろう。

4枚目の食券を使ってB酎のおかわりをし、マスターに聞いてみる。

「このB酎って、どんなお酒なんですか?」
「焼酎を生ビールで割ってるんですよ。いわゆる『爆弾』ってやつですけどね。うちではB酎」

なるほど、なかなか危険な酒だ……。

すっかりこの店が大好きになってしまい、食券を追加で2枚購入。どんな料理か気になった「ちくピー(きんぴら風)」と「高清水米焼酎 オーク樽貯蔵ブレンド」をお願いする。

 

「ちくピー(きんぴら風)」

 

「高清水米焼酎 オーク樽貯蔵ブレンド」

 

ちくピーは、ちくわとピーマンのきんぴら風。またまた、なんでもなさそうな組み合わせでありながら、妙~にうまい。縦切りのちくわのくにゅくにゅと、ピーマンのしゃきしゃき。酒の進む甘辛具合。絶妙すぎる。樽貯蔵ブレンドだけに、ウイスキーを思わせる深い味わいの高清水米焼酎も沁みる。この店では、こんな本格焼酎もチューハイも同じ値段というのが、また愉快だ。

 

旅は常に日常の隣に

酒場にはいろいろな魅力があって、ある人にとっては職場と自宅の間にある心地よいサードプレイスだったり、ひとつの酒場にいつも入り浸っているような人にとっては、もはや自宅の居間と同義だったりする。僕はどんな酒場もどんな楽しみかたも好きで、その理由は、基本的に店主や店員さんたちが、そこに集まる人々に心地よい空間と癒しの時間を提供しようという思いがあるからだと、なんとなく思っている。

ただ、人間、何気なく過ごしていると、ついつい日々の生活がルーティーンにおちいりがちになるものだ。だからこそたまに、ほんの数時間でもいいから空き時間を作って、いつもと違う風景に身を浸す「酒場と出会う旅」に出てみる。それは、また明日から活力をもって生活するために、とても意味のあることだと思う。

ちなみに僕が酒場と出会う旅でもっとも大切にしていること。それはずばり、直感。かつては店の外からなかを覗き込んで、酒やつまみの価格帯を確認したり、雰囲気はどうかと伺ったりして、入るか入らないかをさんざん悩んだりもしていた。けれども長年あちこちの酒場に通って、なんとなくたどり着いた現状の結論。それは、酒場って、「なぜか気の合う友達」のような存在なんじゃないかということだ。

学校でも職場でも、たくさんの人がいるなかで、なぜか仲良くなる友達というのは確実にいる。そこに細かい理由なんてなくて、強いて言えば、波長が合うとか、そういう説明不要のものだと思う。あちこちの酒場に直感を信じて飛びこんでみて、自分と波長の合う酒場と出会えたならば、それは確実に、人生の宝物だ。

というのは、あくまで僕個人の意見。酒場の魅力も、楽しみかたの魅力も、店と人の数だけ無限にある。酒好きにとって、こんなに楽しい環境があるだろうか。さて、今夜はどの街へ旅立ってみようかな……。