何気なく始めた焚き火が人生の転機となり、ワークショップの主宰や専門書籍の執筆、メディア出演など、さまざまなアプローチで焚き火の魅力を発信する“焚き火マイスター”の猪野正哉。そんな彼の目標は「焚き火を日常に取り戻すこと」。この連載ではキャンプ場以外での焚き火レポを通して、ロケーションによって様変わりする焚き火の魅力を全5回にわたり紹介していく。第3回目の舞台は東京都港区。

 

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常々、「焚き火を日常に取り戻したい」という目標を語ってきた。

僕が言う“日常”とは、自分自身が幼い頃に焚き火をしてきた庭や神社などの場所を指している。まずは身近なところから、と思い活動をしているが、まさかである。僕が目指す“日常”よりもはるか向こう、東京のど真ん中での焚き火イベントに携わらせてもらった。それも大規模な焚き火である。

 

過去、このエリアではテレビの収録で焚き火を行ったことはあるが、小規模で短時間なのでハードルはかなり低かった。とはいえ、ちゃんと消防署などへの許可を得ないとできない。

 

収録は、ひとつの焚き火に対して、みんなが同じ方向を向いているが、イベントだとそうはいかず、細心の注意を払わなくてはいけない。そのぶん、打ち合わせを積み重ね、安全に楽しんでもらえるようシミュレーションしていく。焚き火を生業にしているとはいえ、ただ薪を燃やしているわけではない。何かあってからでは遅く、“焚き火マイスター”が火でやらかしたら、それこそ炎上してしまい、格好の餌食になってしまう。
 

「不可能はない」とつくづく実感した、そのイベントが秩父宮ラグビー場敷地内で開催された『RUGBY WARM UP PARK』だ。

 

テーマは、東京のまんなかで、焚き火しようぜ!

 

このイベントは一般社団法人ジャパンラグビーリーグワンが主催し、リーグワン4チームとニュージランド強豪2チームが対戦する初の国際試合『THE CROSS-BORDER RUGBY 2024』に伴い、初の焚き火を中心とした『RUGBY WARM UP PARK』を設け、2月3日、10日の2日間限定で開催された。

 

 

パーク内はケータリングエリアや、試合への気持ちを盛り上げるDJブースもあり、焚き火を囲めるようにイスが置かれるなど、いわば都会バージョンのキャンプ場だ。有名選手と身近に触れ合えるコンテンツもある。試合観戦といえば、駅からスタンドに直行してしまいがちだが、憩いの場があることで試合前後にふらっと立ち寄れ、倍楽しめるスペースに。

 

すべて私の手柄のような書き方をしているが、そんなことは決してない。ラグビー関係者や広告代理店、制作会社などなど数多くのスタッフのアイデアや経験で成り立っている。ちょろっと口を出しているだけである。当日も私が会長を務める日本焚き火協会が定めた“焚き火スト”に11台設置した焚き火台の火の番をお願いした。“焚き火マイスター”と“日本焚き火協会会長”の二つの肩書を持っているが、簡単にすみわけをすると個人で請け負える仕事は“焚き火マイスター”で、人手が必要な案件は“日本焚き火協会会長”として活動させてもらっている。なんとも紛らわしいが、ご理解いただきたい。

 

オリジナル焚き火オブジェがイベントを盛り上げる

 

市販されている数ある焚き火台のなかでも燃焼効率と大きさが群を抜くソロストーブ「ユーコン」(直径約68.5cm、高さ約50.5cm)を用意し、機能としての二次燃焼効果が、煙を最小限にしてくれる。それを囲むように特注で作られたオブジェは網目からの炎がラグビーように猛々しく感じられ、フォトスポットとして、開催時間中、誰かしらが写真を撮っていた。誤解のないよう書いておくが、安全柵の内側に入っているのは私だからである。来場者はきちんと守ってくれていました。

 

余談になるが、あるラグビーファンとお話ししたところ、ラグビーファンはとくにマナーが良いらしく、サポーター同士のいざこざは少ないようだ。たしかにスタンドをみるとサッカーや野球のようにスタンド席がホーム&アウェイに分かれておらず、ごちゃ混ぜで応援している。これだけでも平和に感じてしまうし、焚き火を囲んでいる人たちを見ても、ごちゃ混ぜだった。また数多くの人と焚き火を囲んできたが、焚き火の前で喧嘩をしている人を目撃したことはない。
 

焚き火はコミュニケーションの潤滑油になると思っているが、ラグビーファンのマナーの良さも相まって、このイベントの焚き火ブースは想像以上に穏やかな雰囲気になっていた。とはいえ焚き火には人を癒してくれる“揺らぎ効果”があり、その影響もあるだろう。ならば、全スポーツの会場に焚き火を設置すれば、もっとハッピーになるかもしれない…。ただ草サッカーをずっとしてきた経験上、勝ち負けの喜怒哀楽も必要ではあると思うので、負けたときに焚き火にあたって癒される自分は想像がつかない(笑)

 

 

薪をくべながら、選手同士がぶつかり合うシーンと薪が爆ぜるシーンがシンクロし、親和性があるなと思いつつ、ハードルが高い東京のど真ん中で、焚き火ができたことに、これからの可能性を感じ、主催側の新たな試みには感動すら覚えた。

 

ついついワイルドさを追求したくなるが、その場所にあった焚き火台やアウトドアアイテムを置くだけで、十分、楽しんでもらえることが分かり、勉強にもなった。仲良くなったラグビーファンからは「来週、チケットないけど、焚き火に暖まりに来るよ」と言われ、嬉しいかぎりであった。本当にひと昔前なら、見向きもされなく煙たがられていたが、みんなを暖める以上に、ノーサイドのホイッスルが鳴ったかのように私がほっこりと暖められた。

 

次なる場所への期待がより高まった。