本物の“男”に憧れ、20年以上リーゼントスタイルを続けてきたリーゼント職人・リーゼント矢板。世の中で流布されている間違ったリーゼント観をビシッと正して、ヘアスタイルの成り立ちからリーゼント文化の本当の魅力を伝えます。

 

世間一般のリーゼント観

はじめまして。
80年代、少年ジャンプの漫画のキャラクターの生き様に影響を受け、『リーゼント&学ラン』スタイルを続けて22年。『リーゼント矢板(やいた)』と申します。

この度、私が長年愛してやまず、世界一美しい髪型と思っている“リーゼント”について書かせていただきます。

皆さんはリーゼントと聞いて何を思い浮かべるでしょうか?

氣志團? アニメや漫画のキャラクター? 地方の成人式?

いずれも前頭部、いわゆる「トサカ」にボリュームがあり、コームなどで撫で付ける姿などを想像することと思います。このリーゼントについて、いつの頃からかネットでこの様な画像が出回っているのを目にしました。

この画像によれば、
「リーゼントの特徴的なボリュームがある前頭部の『トサカ』のところはリーゼントではなく実は『ポンパドール』。そして『リーゼント』と呼ばれるところは実は、サイド・後頭部のコームでなでつけている部分である」というような内容となっています。

図解により直感的に印象に残る手口。これまでの認識を覆された意外性。雑学として驚きを共有し人に話したくなる、丁度いい「どうでも良さ」などもあり、瞬く間にネット上に広がりプロフェッショナルである美容師のブログでも紹介されるまでになっていました。

ここまで読んでみて、この画像を見たことがなかった人は、「ヘェ~そうだったんだ~」とお思いでしょう。「明日学校の(職場の)休み時間に話してみよ~」と思ったアナタ、ちょっと待ってください!

この言い回しは極端かつ説明不足であり、いささか乱暴で誤解を招きやすい情報であると私は思っています。

では、この画像の説明が間違っているのか?
と問われれば、50点というところです。必ずしも間違っているとは言えない分、見る人が「勘違いするな」「誤解を招いてしまうな」と余計にモヤモヤするのです。

私はこの画像と説明に対して警鐘を鳴らしたい!と常々思っております。

このリーゼントの雑学をより深く理解したい方。歴史に裏打ちされた雑学を披露したい方は、ぜひこのコラムを最後まで読んで頂き、「説得力があり」「正しく」「一歩深掘りした」この雑学を広めて頂くことをオススメ致します。

では少し詳しく、“リーゼント”について解説して行きましょう!

 

「リーゼントは横の部分」という誤解 ~リーゼントの始まり~

まずリーゼントがどの様にして生まれたのかについて説明しましょう。
リーゼントは元々、イギリスの紳士のヘアースタイルとして誕生しました。

時は1930年代。ロンドンの床屋で生まれたと言われています。
紳士のヘアースタイルというと、ピシッと整えられた横分け、七三スタイルの印象がありませんか?

紳士のヘアスタイルとして定番であった、横分けにした髪を下に撫で降ろすスタイルではなく、分けたサイドの髪を後ろへ流す新しいスタイルをリーゼントスタイルと呼ぶ様になりました。
この「リーゼント」という呼び方は、ヘアスタイルが生み出す髪の毛の曲線が、ロンドンのRsgent St.(リーゼントストリート)のカーブに似ている所からきているそうです。

なので、リーゼントとは元々、『横分けした髪をサイドからバックへ流すスタイルがリーゼントの始まり』というのが正しい説明となります。

つまり、「リーゼントは『サイドの部分』」と言い切ってしまうのは説明不足です。

 

ポンパドールという髪型自身の矛盾

モヤっているポイントはココだけではない!
次は前頭部の『ポンパドール』という記述についてです。

ポンパドールは前髪を高く盛り上げてボリュームを出した髪型で、その名前はフランスのルイ15世の、ポンパドール夫人の名前から来ているとされています。
しかし、由来となったポンパドール夫人自身は、現在「ポンパドール」と認識されているヘアスタイルは“していなかった”そうです。いわゆる前髪を盛り上げ、高さを出した髪型は、ポンパドール夫人が生きた時代には、一度廃れており流行っていませんでした。実際は、巻き髪をオールバックの様に後ろに流した髪型をしていたということです。いわゆる前髪を上げボリュームを出した貴婦人をイメージさせる「ポンパドールスタイル」が最も盛んだったのは、その後のマリーアントワネットの時代なのです。実際の髪の毛のボリューム的にも最も盛り上がっていたのはこの時代なのです。

前髪を高く盛り上げたポンパドールという髪型は、ポンパドール夫人はやっていなかった!

 

部分で名称が違うのは変

また別のアプローチから考えてみましょう。

皆さんはモミアゲという髪型はご存知でしょうか?
あるいは、襟足というヘアースタイルは?

……感じますよね、違和感。
質問がオカシイことにお気付きでしょう。
モミアゲや襟足はヘアースタイルでは無く、髪の毛の特定の部分・パーツを指す呼び名ですよね。「モミアゲ」という髪型も「襟足」という髪型もありません。

話題の画像はモミアゲや襟足のように「ポンパドール」「リーゼント」とパーツを分けて呼んでいる事になります。ところが「リーゼント」と「ポンパドール」は髪型です。ヘアースタイルの名称であり、パーツを指す呼び名ではありません。

そもそも1つの髪型に2つのヘアースタイルの名称があるのは変ですよね。
「ここがリーゼント、ここはポンパドール」と分けて呼んでいること自体に意味がありません。なので、「前髪の部分」とか「横の部分」と分ける事なく、

すべてまとめて「リーゼント」と呼ぶべきなのです。

 

より直感的にリーゼントを感じて“見る”!

仮に、前頭部のボリュームのある部分を「ポンパドール」。
サイドからバックを「リーゼント」とした場合、あなたは次の画像を見て、
どちらがリーゼントだと思いますか?

〈画像A〉は頭頂部が無毛地帯ではありますが、シッカリと「リーゼント」と言われているサイド~後頭部が残った髪型。

〈画像B〉は「リーゼント」と言われるサイドから後頭部にかけて刈り上げられており、前頭部の「ポンパドール」と言われる部分がボリュームタップリと残っている髪型。

果たしてこの画像を見て、サイドを後ろへ撫で付けた〈画像A〉の髪型を「リーゼント」と言われて、あなたは、本当に納得出来るのだろうか?
やはり、リーゼントと言われるサイド~後頭部が刈り上げられていたとしても、

〈画像B〉の方がリーゼントとして納得出来る髪型だと思いませんか?

 

~リーゼントはリーゼントである~

リーゼントの起源は、イギリス紳士の髪型で、横に分けたサイドの髪を後ろに流すスタイルが“始まり”ではありました。

さらに、イギリス紳士のリーゼントで横分けを後ろに持っていってセットすると、どうしても前髪部分は少し立ち上がった形なるでしょう。また、あえてボリュームを抑えて前髪をペッタリ撫で付けるよりも、多少前髪を持ち上げてセットした方が自然であるし、髪型としても美しいと感じます。
なので、本来のリーゼントスタイルも多少は前髪が上がった状態でセットされていたと考えられます。

なので、「リーゼント」「ポンパドール」とひとつの髪型にふたつのヘアスタイルの名前で分けるのはナンセンスであり、前頭部もサイドも全て含めてトータルでひとつのヘアスタイルとして「リーゼント」と呼べば良いのです。

そして、リーゼントは様々な時代の流れ、歴史を経て、現在のボリュームを増した形に変化してきたのです。

さて、ここまで読んできて、勘の良い方は、

「元々イギリス紳士のヘアスタイルだったモノが、何で今は不良の髪型のイメージになっちゃったの?」

という疑問を持たれたのではないでしょうか?
ではここからは、何故リーゼントが「紳士の髪型から、不良の髪型」になっていったのか?についてリーゼントの歴史を振り返りながらご説明いたします。

 

リーゼントの歴史とその変化 ~紳士から不良の髪型へ~

リーゼントの魅力は、生まれた当時と現代で、『紳士』と『不良』という真逆のイメージを両方持ちあわせている部分にあると思います。
いわゆる『紳士的』な「男らしさ」と、「圧力に屈しない信念(反抗心)」という『不良性』。どの様にして相反する要素を持つに至ったか、リーゼントの歴史を紐解いてお伝えします。

 

1930年代 イギリス

すでにご説明した通り、『リーゼント』は1930年代にイギリスのロンドンで、当時の最新のイギリス紳士のヘアスタイルとして誕生しました。ピッチリ横分けヘアーの髪を分け目から下に撫で下すのではなく、サイドの髪を後ろへ流してセットするという新しいヘアスタイルでした。

 

1940年代 アメリカ

1941年に太平洋戦争に突入し、人々はモノの節約を強いられていました。
それに反発する貧しい若者が、わざと生地をたっぷり使ったズート・スーツを着て反抗心を示していました。そんな彼らがサイドの髪を後方へ撫でつけるリーゼントスタイルをやっていたのです。こうして紳士のヘアスタイルから、反骨心のあるアウトローの髪型へと少しづつシフトしていきました。
また彼らアメリカの若者は、後頭部へ持っていった両サイドの髪が重なった形がアヒルの尻尾に似ていることから、「ダックス・テイル(ダックテイル)」と独自の呼び方をする様になりました。

 

1940年代(後半) 日本

第二次世界大戦が終わり、日本には多くのアメリカ文化が流れ込んできました。その一つとして『ダックス・テイル』もありました。1930年代に一度、紳士スタイルとして日本にもリーゼントは流行ったのですが、同じ髪型が、当時より少しフロントが盛り上がった形でダックス・テイルとして再上陸。このアメリカ風になったダックス・テイルは日本では区別されることなく「リーゼント」という呼び名で、派手なアメリカ文化に憧れる若者を中心に広まっていきました。

 

1950年代 イギリス

40年代のアメリカのズート・スーツスタイルに刺激を受けた、最下層の目立ちたがりのロンドンの若者たち。
テディー・ボーイ(テッズ)スタイルと呼ばれる彼らは、元々のリーゼントよりもフロントを高めにしたリーゼントをしていました。
こうしてリーゼントを生んだイギリスでもリーゼントは貧しく若いアウトローのヘアースタイルとして変わっていきました。

 

1950年代 アメリカ

第二次世界大戦により大国となったアメリカ。物質的には豊かでも、精神的に満たされない若者たち。満たされず反抗心を抱く若者が行きつく先は、いつの時代も世間や大人が悪いと思う『不良性』のあるモノです。

その一つが「黒人文化」。黒人文化の音楽、R&Bに白人の若者たちは影響を受け『ロックン・ロール』も生まれます。
その代表的なシンガー、エルビス・プレスリーに若者たちは熱狂!彼もまたリーゼントでした。

白人のエルビスが黒人音楽をやる事、またロックン・ロールの踊りの腰使いが(若者はセクシーととらえたが)大人からは「卑猥だ」と大ヒンシュク。
こういった側面からもロックン・ロール、リーゼントは大人が理解できない『不良の文化』と繋がってしまったのです。

 

黒人文化とリーゼント

黒人は白人から強い差別を受け反抗心も強かった。そんな彼らは、チリチリの髪の毛を潤滑油のグリースの様な脂で、白人のように伸ばして撫でつけ、頭頂部はチリチリという独自の髪型を編み出しました。
この独自のオシャレ感覚をまたカッコイイ!と若い白人がマネしだしたりもしました。日本の80年代の不良学生のグリグリにパーマをあて、ボリュームたっぷりのリーゼントは、この黒人のスタイルが近いかも知れません。

このようにして、元々【イギリスの紳士のヘアスタイル】として始まったリーゼントは、

■ アメリカの『ズート・スーツボーイ』

■ イギリスの『テディー・ボーイ』

■ 黒人文化の影響

などの様々な側面から、【貧しく反骨心のある若者の髪型】へと徐々にシフトしていき、現在の【リーゼント=不良】のイメージへと変化していったのです。

実際に80年代の日本の荒れた学生にもリーゼントは流行りました。

しかし私がリーゼントに憧れたのは、不良性の格好良さからではありません。
私が影響を受けたのは『ジョジョの奇妙な冒険』『魁‼︎男塾』『ろくでなしブルース』というバトルものの少年漫画のキャラクターの生き様に影響を受けてなのですが、彼らは『力自慢』のために戦うのではありません。戦うには『守る物のため』『自分の信念を貫く者同士の衝突』のために戦うのであり、その後仲間になったり、ライバルとして認め合う、その男らしさに憧れ、その象徴が『学ランとリーゼント』であったためです。

私の中ではリーゼントは一般的な不良のイメージの『人を傷つける・力を誇示するための反抗』ではなく、『信念を貫くための反抗(ツッパリ魂)』や、仲間や弱きものを守るという紳士的な『男らしさ』の象徴として憧れるわけであります。

いかがでしたでしょうか?

皆さんがイメージする『リーゼント』は、時代と共に徐々にその形と、髪型の印象が変化して行きました。しかし『リーゼント』はこの世に生まれた時点から、ほかの髪型と融合することや、パーツに別れることなく、1つの髪型として『リーゼント』であり続けています。

言葉足らずの情報に惑わされることなく、従来からのイメージ通りのヘアスタイルとして、男らしさのシンボル『リーゼント』をこれからも愛し続けていきましょう!