手のひらに収まるほどの小さな本を「豆本」と呼ぶ。愛書家であり、日本豆本協会会長を務める、田中栞は豆本の魅力に取り憑かれて依頼、豆本を収集するにとどまらず、その面白さや魅力を発信する活動を続けている。今回は蔵書をご紹介いただきながら、あなたを豆本の世界に誘います。

 

てのひらに載るくらいの小さな本を「豆本(まめほん)」と呼びます。
私が初めて豆本を手づくりしたのは小学校4年生か5年生の時ですから、50年以上も前、昭和時代のことです。小さな紙をホチキスで綴じたものにクラスの噂話などを小説やマンガで描き、それがクラス内で回覧されていました。この当時はまだ、豆本を意識していたわけではありません。
コレクション対象ともいうべき豆本と出会ったのは、大学卒業後に就職した出版社で、たまたま上司が長谷川卓也さんの『書物横丁』(胡蝶の会、1983年刊)という豆本を手にしていた時のことです。

長谷川さんは、私の愛読誌『本の雑誌』に「面白本念入りガイド」という連載をしていて、その文を独自編集した内容の豆本でした。雑誌の表紙画を描く沢野ひとしさんのイラストがその豆本の表紙を飾っていて、その沢野さんの大ファンだった私は欲しくてたまらなくなりました。

帰宅してすぐ、その「胡蝶の会」に電話して購入したいと告げると、主宰者の石橋一哉さんは当惑した様子で「当方の豆本は、縁もゆかりもない方に、いきなり販売するようなものではなく、まずは会員になってもらって……」と、購入するための条件のようなものを滔々と説明されました。
世の中には限られた数しか作られない特別な「豆本」というアイテムを蒐集する世界があるのだと知った瞬間でした。

私は説明される通りに在庫をすべて購入し、会員の仲間入りを果たしました。当時、会員は50~80代の男性ばかりで、20代の女性は私一人。当然、最年少会員です。

小さいことだけを追求する豆本の多い中で、この胡蝶豆本は書物に関する内容の豆本を刊行していました。庄司淺水、紀田順一郎、坂本一敏、古平隆といった超有名な書物研究家がみな会員で、豆本用にオリジナルの文章を寄稿していたので、読みごたえがありました。

本好きが高じて、豆本開眼

私は小さい頃から本好きで、本屋さんも大好き、大学時代のアルバイトは新刊書店と印刷会社、就職先は出版社、結婚相手は古本屋店主。いつか自分でオリジナルの本も作るぞ……と、まだパソコンもワープロもない頃から心に決めていた本フェチです。読む本も書物に関する本ばかりなので、この胡蝶豆本を手にして大変喜びました。

この会は、豆本愛好の集まりというよりは愛書家の団体でした。愛蔵する本を古本屋へ持っていっても、買い取ってくれる価格は驚くほど安い。だから愛書家同士で適正な価格で買い合おう、という発想で、会員が出品する貴重な本をオークション形式で売買していたのです。

オークションリストには、会で発行する豆本のほか、数々の貴重な豆本が登場しました。
なかでも特に魅力的だったのが「武井武雄刊本作品」というシリーズ。童画家・武井武雄は子供のための絵や版画を制作しましたが、なによりオリジナルの芸術的な書物作品を創り出すことに心血を注ぎました。
小さな本を開くと、キラキラと輝く真珠貝の螺鈿(らでん)細工や、高級感あるゴブラン織りで作られた薔薇模様の絵が姿を現わします。

印刷ではありません。ステンドグラス、アップリケ、麦わら細工、ガラス絵、パピルス……すべてその実物で作られた挿絵が、本の中に入っているのです。その質感、立体感といったら! 技法の雰囲気に合わせて武井が創作したストーリーも、よりリアルに迫ってきます。初めてこれらの作品を手にしたのは、先輩会員に見せてもらった時でしたが、私は新しい読書体験に驚愕しました。

我慢を重ねて手に入れて

全139点、現在ではこのシリーズは「豆本」ではなく「書物アート」と認識されていますが、スタートが小型本だったことから、昭和の発行当時は豆本愛好家たちが熱狂して入手を希いました。

原則として300部限定ですが、購入希望者は300人よりはるかに多かったので、購入できる正会員になるために「我慢会」に入り、順番待ちをしました。そのうち我慢会も人が多くなりすぎて、「超我慢会」ができるほどだったそうです。

こんな人気ぶりの本が、オークションリストには時々、掲載されました。
私は、自分が支払える最高値の金額を書き送りました……が、1度たりとも買うことはできませんでした。古書価格の知識と財力の潤沢なベテラン愛書家の方々に、敵うわけがなかったのです。
しかし、いつか必ず私も手にしたい、と強く念じつつ、先輩会員の方から様々な豆本コレクションを見せてもらい、このシリーズ以外にも、様々な美しい、素敵な豆本があることを知りました。

私も胡蝶豆本で『陶活字をたずねて』(小駒公子名義、1986年刊)、『編集者の休日』(同名義、1988年刊)という本を出し、豆本修行(?)を重ねることで、少しずつですが、コレクションを増やしていきました。

豆本の歴史を辿る

昭和時代は、ゑぞまめほん、みちのく豆本、かながわ豆本、名古屋豆本、九州豆本など、全国各地に専門出版社があり、愛好家は会員登録して購入しました。たいてい200~300部程度の限定出版で、小さな版画の実物が貼り込まれたり、愛らしい紐で綴じられたりして、量産品とは違う特別な手づくり感がありました。

1冊1冊趣向を凝らした造本の豆本を出していた版元の白眉はといえば、未来工房でしょう。家具職人に作らせたミニチュア家具の中に豆本が収められたシリーズや、文芸作品の雰囲気に合わせて特注陶板やステンドグラスを用いるなど、他にはない造本で愛好家たちを喜ばせました。

宮尾登美子さんが実際に着用していた着物を表紙布として用いた作品群や、トンネルの形の函の『鉄道員(ぽっぽや)』(浅田次郎著、1998年刊)などは私のお気に入りです。

豆本の中には、限定番号とともにそれぞれ作家の直筆サインや落款印があり、そのサインを書いている作家先生の姿が想像されて、なんだかドキドキしてしまいます。

私は手製本も何人もの先生に教わって技術が上がっていき、次第に自宅やカルチャーセンターなどで製本や豆本づくりの講座を開くようになりました。パソコンの普及に伴い、オリジナルの豆本を制作する個人の豆本作家が増え、本の中身づくりも含めて指導する機会が増えたのです。そして受講生の有志が運営協力をしてくれて、2011年には日本豆本協会を設立しました。

昭和時代は、主に年配男性が稀少性のある豆本を蒐集愛好していました。平成・令和と時代が移るにつれ、今度は比較的若い女性たちがオリジナルの豆本作品を手づくりしてSNSに上げたり、豆本イベントで展示販売したりするようになりました。

若い女性たちが作る豆本は、ビーズやチャームを付けたり可愛い手づくり箱に納めたりと、最初こそ手芸的な要素が目を引いていましたが、次第に刺繍で挿画を表現したり精巧なポップアップの絵本を制作したり、ミニチュア木工家具に合体した豆本を作ったりと、その個性はどんどん開花して、個展が開けるレベルのアートへと昇華していきました。

私は前者の豆本を「おじさん豆本」、後者の豆本を「女の子豆本」と呼んでいます。
おじさん豆本には、稀少性という特徴はありますが、小さくて美しい本は、手にすれば誰でも分かることですが超かわいいアイテム、女子が惹かれるのも当然です。
昭和時代に活動していた豆本版元は、主宰者の高齢化により、ほぼ絶滅状態となりましたが、愛好家は存在しています。
そして、現在作品づくりを楽しむ若い女性作家の皆さんは、昭和時代に職人たちの手で素敵な豆本が多数作られていたことをあまり知りません。

私が日本豆本協会を設立したのは、ひとつには、この二者を引き合わせたいという思いがあったからです。昔ながらの愛好家には、現代作家の作品を知ってもらい、現代作家の方々には昭和以前の名作豆本の世界を知ってもらう。どちらにとっても、大好きな豆本の世界が広がることは間違いありません。

創作豆本工房(びじゅぶっく・ほしの)の豆本シリーズ39点(レギュラー本と特装本を合わせて61冊)を数年前に一括購入することができましたが、純金表紙の『Song of Songs』(1979年刊)や宝石が嵌め込まれた『一握の砂』(1981年刊)・『悲しき玩具』(1982年刊)などは、おじさまも女子も、間違いなく「ステキ!」と言うはずです。

とても小さな本の中に施された彫金や革モザイク、マーブルペーパーといった豪華な装飾を見ると、この豆本自体がまさに宝石そのもので、尊い!と感じます。

これからの豆本との向き合い方

ここ数年はコロナ禍もあり、私の豆本生活が多少の変化を遂げました。
ひとつは、海外から直接、本を買うようになったこと。主にフランスから、装飾性の極めて高い工芸製本作品を購入しています。本の小口(書物の背以外の断面部分)に金箔型押しを施し、特注の金属留め具を取り付けた美しい小型本たち。日本古来の書物とはまた違う豪奢な出で立ちに心奪われ、ついつい購入ボタンをポチッとクリックしてしまいます。

そしてもうひとつは、Zoomやサブスクでオンライン講座を行うようになったこと。コロナ禍が落ち着いてきたので、ヴォーグ学園などで従来型の対面講座も再開していますが、一方で、横浜の自宅に居ながらにして、北海道や長野、岡山、九州など、遠方の方にも豆本づくり・製本・書物制作の技術をお教えしています。
どちらも、インターネットの目覚ましい進化のおかげで実現しました。

私はデジタル世界には疎い年配女性ですが、美しい豆本を買いたい一心でフランスのオークションサイトで入札します(フランス語もわからないのに!)。そして本づくりの方法を知りたい方のために、MacとiPadを駆使して、私の手元を拡大して見せながら深夜まで解説します。

……あと何年このような楽しい日々を続けられるのかわかりませんが、大好きな豆本を買いながら、同時に、少しでも豆本を愛する人たちの役に立つことができれば幸いだと思っています。