ビデオゲーム制作会社を運営する傍ら「名前入りカセット博物館」の館長として、日々ゲームソフトのコレクションを続ける関 純治。博物館に展示されているのは誰かの思い出が詰まっているであろう、元持ち主の名前が書かれたままのゲームソフト。なぜ中古品である「名前入りカセット」を収集するに至ったのか、またそのプレイスレスな価値について語り尽くします。

 

 

「レトロゲームの価格が高騰」そんなニュースをチラほらと見かける昨今。

出荷本数が少なかったソフト、限定版、特定の人や場所だけのために作られたサンプル版等々……。時価ウン十万円という当時の定価の何十倍もの価値となったビデオゲームソフトが多数あります。ゲームコレクター達は日々、そんな希少価値を持ったゲームソフトを求めネットと現実の世界を奔走しています。

私もそんなコレクターの一人で、世界に1つしか存在しないゲームソフトを1500本程持っています。

これをお読み頂いているあなたは今、「そんなに持っているわけがない。」とか「もし、それが本当なら相当な財産じゃん?」と思ったことでしょう。

プレイスレス……

私が持っているゲームソフトは間違いなく世界に1つしかないものでありますが、金額的な価値はあまりありません。でも、お金には変えられない価値があると断言できます。そのプレイスレスな価値を持つゲームソフトについてこれからお話をさせて頂きます。

ゲームソフトに自分の名前を書いていませんでしたか?

「すずきこうた」、「タカハシヤスアキ」、「小野寺+食玩シール」……

私が所有する1500本程のゲームソフト全てには元持ち主さんがみれば自分のものだったソフトとわかる痕跡があります。

私は「名前」が書かれたゲームソフトを集めて元持ち主さんへお戻しするという活動を行っています。世界中から名前入りソフトを集め、それらの画像をWebサイトやSNSで公開して元持ち主さんへ呼びかけています。それが名前入りカセット博物館です。

当館は実際に施設があるのではなく、Webサイトです。

 

初めは「遊んだ事のないゲームを遊ぶ」ため 

1990年代後半、プレイステーション、セガサターン等の3D表現によるリッチなゲームで遊べるゲーム機が席巻しはじめました。これらゲーム機に色数も画像解像度も劣る旧世代のゲーム機『ファミリーコンピュータ(ファミコン)』のゲームは捨て値で売られていました。就職しても間もなかった私は数百円でゲームソフトが沢山手に入ると、ファミコンのゲームを買い漁りました。

当然、当時の私が最も興味を持っていたのは最新のゲームでしたが、小学生時代に「遊んだ事ないファミコンゲームを遊びたかった」「欲しくて買えなかったもの手に入れたかった」のです。

そんな理由でファミコンソフトを買って集め、気がつけばそれまでに発売されたファミコンソフトタイトルを1/3程を所有していました。そのことに気がついた私は、コレクション意欲が高まり、「せっかくだからファミカセ全種を集めてみるか……。」と全種コンプリートを目指すコレクション活動が始まりました。

その後、コンプリートに向けてコレクションは充実し、全種コンプリートまで100本程度までになりましたが、そこに大きな壁が立ちはだかります。

この時のゲームソフトコレクションの主な方法は地方の玩具店等を巡る「地方遠征」が基本でした。この遠征を繰り返しコンプリートというゴールに着々と近づいて行きましたが、未所有のタイトルは入社困難なレアソフトばかり。まず、発見が難しい。その上に運良く発見できたとしてもそれなりの高額で、働き始めたばかりの私にはおいそれと手が出ない……。目標達成には多大な時間とお金が必要という大きな壁が立ちはだかったのです。この壁はそう簡単に越えられるものでなく、コレクションの進捗は停滞してしまいました。

しかし、ちょうどこの頃はインターネットの普及が急速に進んだ時代。ネットオークションのサービスなども登場し、当てずっぽうに遠征等をしなくてもある程度の物は、欲しい時に手に入るような環境ができたのです。この環境の変化により停滞していたコレクションの動きに少し勢いが戻って行きました。

インターネットという環境は私のコレクション活動にとって有益となって行くはずでした。しかしネット環境の利便性には副作用があり、それは私にとって致命的でコレクションへのモチベーションを完全に破壊しました。 

 

所有することの意味の喪失

何か物理的なモノを集めれば集める程、その保管のためにコストがかかります。

集まってゆく度に部屋は狭くなり、ソフトを経年劣化から守るための保管ケアも大切です。ただ、モノを置いておく……。それだけのために貴重な生活空間が占有され、その地代をはじめ、ソフトを状態維持するための備品費用等の物理的、金銭的な負担が生じます。この状況を俯瞰して見ると、所有するための維持費が所有物そのものの金銭的価値を簡単に上回ってしまうと事が一目瞭然でした。

最初にお話したように私がゲームソフトを買い始めたそもそもの目的は「ファミコンゲームを遊びたい、手に入れたい。」……だった。そうだったはずです。

インターネットの登場により、欲しい物がいつでも手に入る環境があることを鑑みると、最初の目的でゲームを集めるのなら「手放してしまい、もし必要な時があれば、また手に入れる」が最善の手なのです。こうして当時の私は所有すること、コレクションすることへの「意味」「意義」について考え、求めるようになりました。 

名前入りカセット博物館クエストⅡ~収集の意味意義~

「今しかできない」コレクションを求めて

「やめたい……。でも、これまでのことが無駄になるのは嫌。」

コレクションすることの意味や意義を見出せない私のモチベーションは急低下。先ほどお話した通り、手放すのが最善手なのはわかりきっていましたが、そう簡単にやめる決断はできません。どうしたものか……。ゲームソフトを買い集めることに意味や意義はないと思いつつも惰性でコレクションを続けていました。そんなある日、コレクションすることへの「意味」と「意義」を見出します。

 

ちょっと休憩……

突然ですが、ここであらためて、「名前入りカセット」とは何か?をご説明したいと思います。

現在、ビデオゲームと言えばダウンロードで入手するというのが主流です。しかし、かつてはカードリッジやディスクの物理的なもので、更に今のように無料で手に入るなんてものはなく、ゲームは今よりもずっと高級な玩具です。

当時の子供たちはそんな高級玩具を友達の家に持ち寄って遊んだり、貸し借りして遊んでいました。当然、ソフトを紛失するトラブルが多発。それを防ぐためにソフトに名前を書かせる家庭が多くあったのです。もちろん、こういった紛失防止という目的だけではなく、単純に愛するソフトに自ら何かを書き込んで、「自分のモノだ!」感を高めて楽しんでいたケースも沢山あったと思います。

 

さて、それた話を戻します。コレクションすることへのモチベーションを失っていた私でしたが、2003年10月3日、その後の運命を変える「名前入りカセット」に出会いました。

アメリカのゲームショップで名前が書かれた中古のNES(ファミコンの海外版)を発見。ソフトに名前を書くのは日本独特の風習と勝手に思っていた私にとって、この出会いはとても衝撃的なものでした。

ですがこの時の私はまだ単なるゲームソフトコレクター。コレクターは箱、説明書付きのより良い状態、「美品」を求めてコレクションしています。なのでこのような「名前入りカセット」は最もご遠慮頂きたい類のものです。

この日発見したのは海外版の『リンクの冒険』。カセットタイプで日本未発売だったタイトル且つ金色でカッコイイ!テンションがグッとあがりましたが見ての通りこのソフトには箱、説明書はなく、それどころか、落書きまである最悪状態。「$12.99も出す価値はない!」と購入を見送りました。 

Teresaと書かれたゲームソフト。おそらく元持ち主さんの名前。

 

その後、一通り店内を見て店から出ようとドアを開けた時、ふと思いました。

「名前らしきものが書かれていたさっきのソフト……あれはここでしか売っていない唯一無二で貴重なソフトなのでは?」と。私は店内へ引き返し、Teresa入りのソフトを買って帰りました。

帰国後すぐ、「名前入りカセット」のコレクションを開始。名前が書かれたゲームソフトは状態難のジャンクソフトとして扱われているのが常で他のゲームコレクターたちは目もくれませんし、どれも安価なので買い放題!私の「名前入りカセット」の収集は順調に進んで行きます。

日々の収集の中、私は元持ち主さんがこのゲームを「どういった経緯で手に入れて、なぜ手放したか?」がとても気になって行きました。同時に「これらが元持ち主さんの手元に戻ったら喜ぶのでは?」と考えました。

「そうだ!ソフトは元持ち主さんに返すために集めよう。ソフトが戻ればきっと喜んで貰えるだろうし、自分が気になるそのソフトにまつわるエピソードも聞けるだろう。」

こうして2016年、持ち主のもとを返すという「意味」と「意義」を持つコレクション活動をする「名前入りカセット博物館」が誕生し始動したのでした。  

名前入りカセット博物館クエストⅢ~そして保護へ……~

「収集」から「保護」へ

昨今のカセットやディスクタイプの中古ゲームソフトはレトロゲームソフトの注目の高まりや個人情報保護の観点からソフトに名前があれば販売店が消して店頭に出すことが多くなっています。また新作ゲームにおいては配信の主流化により、物理的にソフトの貸し借りが行われることがなくなってきています。よって今後は「名前入りカセット」が増えてゆくことは、ほぼないでしょう。つまり、「名前入りカセット」はどんどんとこの世から消えてしまって行っているのです。これらのことから「名前入りカセット」は絶滅の危機から救い出すべき保護対象と考えて取り組むものと言えます。このことから、このコレクションを「収集」でなく「保護」と呼んでいます。

 

「名前入りカセット」のご紹介

こばやしあきひろさんの昭和63年のクリスマスプレゼント?

保護者の愛が詰まったこんなカセットも保護しています。私自身も親になっている今、このようなカセットを見たら、それだけでホロリとしてしまいます。

「名前入りカセット博物館」Ⅳ~導かれし名前入りカセットたち~

当館は元持ち主さんからの連絡待つスタイルで活動しています。

多くの人から「SNSとか検索して探せば見つかるでしょ?」と良く言われます。確かにそうでしょう。そうすれば持ち主にたどり着けることもあるでしょう……。ですが、そのようなアプローチはしていません。「何故か?」は一旦おいておき、当館はこんな方針で活動開始から現在までに5本のソフトをお戻しすることができました。ソフトをお戻しする際、元持ち主さんにはいくつかのお戻し条件にご了承頂くお願いをしています。その1つに当時のソフトにまつわるお話をWeb上に公開し、世界中の人たちに共有させて頂くというものがあります。

 

直近のお戻しは「ひろかず」さんのファミコン版『エクセリオン』

初めて手に入れたファミコンカセットだったそうです。お母様がなけなしのお小遣いを使ってひろかずさんに買ってくれたというエピソードも……。(詳しくは名前入りカセット博物館公式ページをご確認下さい。)

余談ですが、ひろかずさんは1980年代に放送され人気だった海外ドラマ『ナイトライダー』に登場するスーパーカー『ナイト2000』に私財をつぎ込み再現して乗っている、まぎれもない偏愛同族さん。偶然にも私の知人にこの『ナイト2000』の玩具商品の制作者がいて、ひろかずさんのソフト返却時のSNS投稿を見たその知人が私と繋がりがあること知り『ナイト2000』の商品開発のアドバイスをもらいたいので紹介してほしいと連絡があり、お二人をつなぐことに……。このように「名前入りカセット」により導かれた数奇な出会いからの繋がりは活動の醍醐味でもあり、活動への大きな力です。

 

始めた頃より低くなった保護活動への熱量

ひろかずさんのエピソードをはじめ、これまでお聞かせ頂いたソフトにまつわるお話は想像通りにとても興味深く尊いものでした。しかし、この先もこの5つの様に良いエピソードとは限りません。悲しいお話もあることでしょう。ですからお戻しはソフトに導かれた元持ち主さんだけに……。思い出の押し売りをしないことに留意して活動しています。

この活動していると「どんどん戻ると良いですね。」という応援も頂きます。それに対して「そうですね、頑張ります!」的なお返事で応えたいところですが、お返事するのは「どんどん来なくても良いです。戻せる時に戻せればそれで。」と応えています。ここまでお読みいただいている皆さんは、長々と語っていたわりには意外と熱量がないなと思われたかもしれません。でも、それは単に熱量がないという訳ではありません。

実はこの活動において、熱量は保護する側ではなくソフトが手元に戻って来る事を望む、元持ち主さん側に必要なのです。これまで5件のお戻しに成功しているとお伝えしましたが、これら以外に元持ち主さんが見つかったソフトは数本あります。それらは元持ち主さんから連絡を頂いた後、やりとりしてご本人のものであったことの確認も済んでいたにもかかわらず、お戻しに至っていません。なぜ……?その答えはこうです。

「過去に所有していたソフトの存在に驚き、感激はしたが別に手元に戻ってきてほしいと思う程でない。」

その時、私は熱量高くお戻しをするつもりでしたがご本人は「いらない」と言っています。

「連絡までしてきたのに、何よ、それ!(心の中の声)」と当然、私的には納得が行きません。でも、お戻しは強制するものではありません。残念ですが、諦めるしかないのです。

「名前入りカセット」をお戻しする活動は保護している側の「戻したい」という熱量よりも元持ち主さんの「戻って来てほしい」という熱量が上回った時にはじめて成立するもの。一方的なお戻しは単なる思い出を押し売りになってしまうことが明らかになったのです。

私ができることは保護したゲームソフトを預かり、高い熱量を持った元持ち主さんを待つ事。

今後も名前入りカセット博物館はソフトを保護してその情報を発信して行きます。

「あの時、持っていたゲームソフトに再会したい!」と願う方は是非、「名前入りカセット博物館」のホームページやSNSを覗いて見てください。

その時、リストにあなたのソフトがなくても、諦めないでください。今日はなくても、明日はあるかもしれません。

まだまだこの活動について語れることはありますが、それはまたいつかの機会に……。

 

最後にこの記事を読んでいただいた中古ゲームショップのスタッフさんに一言。

「今、ゲームソフトを買い取りしたあなた!それ、私に引き取らせて下さい!その名前を消す前に!」

 

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