京都は色のバランスがちょうどいい。

京都好きが高じて、東京から移住してきたのが約2年前。

僕は、好奇心の赴くまま自由気ままに。 日々、まちを散策。その中で発見した京都の魅力をSNSで発信している。

行きたいリストが山ほどあり、それらの場所を訪れるだけでも、たぶんあと2年は必要。これほどまで街を散策したいと思ったことは今までなかった。本当に不思議。

京都は、僕にとって全てがちょうどいい。街の規模や人の多さ。 日々生活する中で出会う色も好き。広くて青い空。生い茂る緑。鳥居の朱色。町家の茶色。目の前の風景を切り取って見た時、これらの色のバランスが僕にとって、なんだかちょうどいい。

最近気づいたのだが、自宅のベランダから見える景色が、生まれ育った町によく似ている。引っ越した日に気づけよという話だが。山が見え、空も広く、建物も低い。でも、僕の田舎とは違って、なんでも揃っている。生活する上で何も不自由しないし、とてもリラックスした状態で毎日を過ごすことができる。

そんな僕が京都で一番好きな場所が鴨川。これまでに500回以上は足を運んでいる。それくらい好き。

世界一自由度の高い川

河原町付近の鴨川

三方を山で囲まれた緑溢れる街、京都。都会でありながら自然を身近に感じられる場所。

年間300万人が訪れるという鴨川は、京都市内の南北を流れる約23kmの河川。川沿いを歩けば、春は桜、夏は新緑、秋は紅葉など、季節の移ろいを楽しめる。平安京ができた1200年前から京都の文化を育んできた川であり、いまも憩いの場として親しまれている。

鴨川で一番有名な場所は繁華街がある河原町付近。恋人達が等間隔に並びデートをして楽しむ姿はよくテレビのニュースなどでも見る。少し上流に行けば、謎の民族楽器を弾くおじさんがいたり。さらに上流にいくと、海パン一丁で変な踊りをしているおじさんや、水深が深い場所で水球の練習をする外国人。なかには、中州で水タバコを吸うツワモノも見たことがある。しかし、鴨川では誰も気に留めない。誰もが自由に好きなことをして過ごしている。それが日常の光景。

鴨川は、本当に自由だ。上流になればなるほど、その自由度が増す。

鴨川は僕の心を少しだけ回復させてくれる場所

そんな鴨川だが、僕にとっては、ヒーリングスポット。ジョギング、サイクリング、天気がいい日はお気に入りのお店でお弁当を買いピクニックをしたり。夕暮れ時には、ただただベンチに寝転がり川のせせらぎに耳を傾けたり。いまは、桜の木にもたれてパソコンを広げて、この記事を書いている。多い時は1日に3回、鴨川ですごすこともある。

なかでもよく行く場所は、鴨川デルタと呼ばれる賀茂川と高野川が合流する三角州。京阪電鉄・出町柳駅を降りたすぐのところにある。ここでは、家族が水遊びをしたり、大学生が花火などして青春を謳歌したり、飛び石で川を渡るカップルがいたり。どちらかといえば、地元の人が多いような気がする。僕もここで、商店街で買ったコロッケを食べたり、人間観察をしたりしながらくつろぐ。

鴨川デルタ

しかしなぜ、僕を含め多くの人が鴨川に集まってくるのだろう?

美しい自然や水の綺麗さなら、他の都道府県にもある。特別変わっているところもない。それなのに、地元の人も観光客も世界の人々も鴨川にやってくる。

僕の場合、鴨川にはお気に入りの場所がいくつかあり、自分の心の状態によって行く場所が変わる。心が穏やかな時は、鴨川デルタや、そこから少しくだった桜の木の下へ。木々の緑や野鳥、川で遊ぶ子供達をみながら時間を過ごす。少しストレスが溜まっていると感じるときは、お気に入りの桜の木から対岸にある寝転べるベンチに座り、川の流れだけをみている。滅多にないが、悩みや不安が頭を過ぎるときは、そのベンチから見える大文字山に登り、山頂から京都の街を見下ろす。そうすると、いつも少し心が回復している気がする。

桜の木の下でくつろぎ中 / 鴨川デルタでランチタイム

鴨川は僕にとっては、ホスピタルのような存在なのかもしれない。では、他の人はどうなのだろう?鴨川にどんな理由で訪れ、何を思い、どのような気持ちで帰っていくのか。

僕は、鴨川で黄昏ている人にインタビューし、その人達の心の中を覗いてみることにした。

真夏の鴨川デルタで突撃取材! 亀石で涼をとる貴婦人のような女性をロックオン!

さっそく突撃取材をしに鴨川デルタへ。とにかく暑い京都。

猛暑が続く時期に、鴨川で黄昏ている人などいるのだろうか。橋の上から眺めると、そんな心配はふっとんだ。鴨川デルタはいつものように笑顔で溢れている。そんな中、飛び石に腰掛け、日傘をさして川に足をつけている貴婦人のような女性を発見。これは心に何か抱えているに違いない!

そうふんだ僕は、その女性をロックオン。近くにいき、声をかけた。

川に足をつけ涼む、わたあめさん

「すみません~!ちょっとお話いいですか?」戸惑ってはいたが、快く取材に応じてくれた。

亀石の上に腰掛け、涼をとっていたのはクラフト作家のわたあめさん。

30代女性。7年前に東京から京都に移住してきたという。週に2回、趣味の弓道場に通う時は、いつも自転車で爽快に風を切りながら、鴨川の土手を走っている。

小魚を探すわたあめさん

京都に魅了され東京から移住。しかし厳しい現実が

 

東京で生活をしていたが、京都によく旅行に来ていた。やがて街の魅力に取り憑かれ、腰を据えて住みたくなり7年前に移住。日々、散策をしていると、手づくり市などに足を運ぶことが多くなった。自分でも、クリエイティブなことに挑戦したいと思い、クラフト作家の道へ。独学で学び、作品をギャラリーなどで展示販売していた。

しかし、現実は厳しく、クラフト作家だけでは食べていくことは難しい。将来のことを考え、調理師の専門学校に通い、その後、ホテルに就職して調理場を担当。働き始めた年はコロナの影響で時短営業をしていた時期で、客足が遠のいていたので仕事に余裕があった。

その後、旅行支援などで徐々に観光客が戻り始めて忙しくなるにつれ、肉体的な負担を感じるように。人間関係にも悩まされる。さらに同じ時期、家族の問題も出てきて、徐々にストレスを抱えるようになり、将来に対する不安も感じ始めた。今は、仕事を休職しているという。

ホテルに就職するまでは、正社員として働いたことがなく、会社のために時間と労力を費やすことが自分には不向きだと感じているそう。

職場の人間関係や将来への不安は、現代社会を生きる多くの人が抱えている社会問題。彼女もそのひとりだった。

 

 

心を解放してくれる鴨川でまさかのカミングアウト

 

そんな現実から逃れようと、ある日ふと鴨川へ。お気に入りのパンと飲み物を買いベンチに座ってぼーっと過ごす。

生い茂る緑、澄みわたる青い空、川のせせらぎ、遠くに見える大文字。何も考えずただただのんびりと。気づけば3時間以上たっていたという。

「鴨川の美しい自然を前に心を解放する。
 そうすることで、爽快とまではいかないが、頭がからっぽになりリラックスできた。」

それ以来、休みの日は鴨川を訪れ、無心になる時間を作っている。心に少しの余裕が生まれると、気持ちも前向きになる。まるでカウンセリングを受けたかのように。

しばらく話をしていると突然、「じつは私、今日誕生日なんです。」と、彼女が教えてくれた。
僕に少し心を開いてくれたのか、鴨川が心を解放してくれたのか。

普段は、よく行く鴨川のお気に入りスポットで過ごしているが、誕生日なので、いつもと違うことをしたいと思い鴨川デルタにきたらしい。橋の上から眺めていると、飛び石を渡ったり、川に足をつけたりしている人がとても楽しそうだったので、自分もやってみたいと思って亀石の上で涼をとっていた。

そこに、僕が声をかけたというわけ。なんというタイミング!

亀石に座り川に足をつけ、ぼーっと過ごしていたら、小さい魚が寄ってきたのでスマートフォンで動画を撮りながら、ひとりはしゃいでいたという。彼女にとって、鴨川は童心に戻れる場所でもある。

 

 

今年の抱負は人生を楽しむこと。大好きな場所で自分らしく生きていく

 

そんな彼女には、最近夢ができた。

「ワークショップで自分の作品を販売しながら、そのスペースで喫茶店を開きたいんです。そんなに甘いものではないとは分かっているし、現実は厳しいけれど、今は、クラフト作家として好きなことをやりながら生きていきたい」

自分のペースでゆっくりと。川の流れのように身を任せて。
彼女は、夢を叶えるために再び歩き出した。

川沿いで尺八を奏でる数学研究者

わたあめさんと別れたあと、僕は鴨川デルタから下流に向かって自転車を走らせた。ギラギラと輝く太陽。暑いけど風を切ると少し気持ちいい。400メートルほどいったところで、ベンチに座り美しい正座で尺八に没頭している男性を発見。いかにも鴨川らしい光景。というか、僕がインタビューできる人を探していると知った鴨川の神様が仕込んでくれたとしか思えない。こんなの素通りできる訳がない。

美しい正座で尺八を演奏する清水さん

しばらく尺八の演奏を聞いたあと、話しかけてみることに。

男性は清水さん。39歳の数学研究者。京都で生まれ育ち、現在は地元の大学で数学を教えている。

大学が夏休み中の時期(※取材時2023年8月)は、毎日夕方5時頃に鴨川のベンチに座り趣味の尺八を練習するのが日課だという。遠くに見える山や川沿いの景色を楽しみながらすごす。

 

 

幼少期は興味がなかった鴨川が今は自分を高める場所に

尺八を始めたのは2019年。コロナが流行る少し前。知人が営むゲストハウスで香港人の女性ミュージシャンと出会ったことがきっかけ。ミュージシャンの女性は、京都で尺八を習っていて、その先生を紹介してもらった清水さん。以来、練習に励んでいる。

そして、清水さんのもう一つの趣味が、太極拳。コロナの影響で大学の授業がオンラインになり、時間に余裕が生まれた。太極拳は呼吸がとても大切。尺八と通ずるものがあり、演奏のヒントになればいいと思い始めたそう。

鴨川の土手は綺麗に整備されているし、太極拳の練習をするのにちょうどいい広さ。
清水さんにとって鴨川は自分を高めるための場所だという。


太極拳の練習をする清水さん

 

 

鴨川は、いまの自分を映し出してくれる鏡

「ありふれた川だけど、日によって自分の心持ちも変わるので、景色の見え方や感じ方が変わるんです。鴨川は私に癒しを与えてくれる場所であり、その時の自分を映し出してくれる鏡ですかね。何かもやもやしている時など、鴨川に来てぼーっと景色を眺めていると、その理由が分かったり。悩みは完全に解決はしないけど、なんかすっきりするんです」。

この場所には特別な何かがあるわけではないけれど、自然豊かな景色を前にすると、ゆったりした気持ちになり、自分を客観視できる大切な場所。しかし最近、清水さんには気になることがあるという。

「東京に住んでた頃、久しぶりに実家に帰省したら、鴨川沿いの景色が変わっていたんです。市内の中心部には建物が沢山建ち、一部京都らしさが薄れてきたように感じます」

インバウンドによってホテルやマンションなどが乱立し、景観が失われつつある。
歴史的な遺産が数多く存在する京都だが、経済的に苦しい状況に立たされ資金確保のために敷地にマンションが建つ神社もある。伝統を守る難しさ、次世代へ継承するための課題が浮き彫りになっている。

「維持するためにはお金もかかるし、やむを得ない決断だとは思うけど、やっぱり寂しい」

変わらぬ風景と変わった女性

時代とともに変化していく鴨川の景観。それでも、昔のままに保たれている風景もある。

清水さんの好きなスポットを教えていただいた。鴨川デルタから数百メートル上流にある葵橋。豆餅で有名な和菓子屋さんと下鴨神社のちょうど中間くらいにある場所。

清水さんのお気に入りスポット。遠くに大文字も見える。

この橋から川を眺めると、建物が木々に隠れて、緑あふれる景色を楽しめる。
晴れた日には大文字も見える。後世に受け継ぎたい美しい景色がここには残っていた。

時代の変化を受け入れながら、その中で自分が心落ち着ける場所を作ることが大切なんだな~って思いながら、鴨川の写真を撮っていると・・・

僕の目の前に、エキセントリックな格好で自転車に乗る女性が現れた。カゴには謎のピアニカ。


自由度の高い鴨川上流で出会ったエキセントリックな女性

 

「鴨川は上流に行けば行くほど自由度が高くなる」

身をもって感じた瞬間。僕は笑顔のまま自転車を漕いだ。鴨川ってやっぱり面白い。