「壁面構成」をご存じでしょうか。

壁面構成とは折り紙や色紙などで壁に季節や行事の装飾を貼りつけて飾るもののこと保育園や幼稚園、図書館や介護施設などで見られる、明治時代から始まった日本独特の習慣です。

今回は、壁面構成の目的や歴史から必要性を知るために、壁画や絵画の歴史から、なぜ人は壁を飾るのかと日本の季節の移り変わりを愛でる伝統文化や風習との関連まで掘り下げて考察します。

壁面構成や壁面装飾の歴史とは?人はなぜ壁を飾るのか?

壁面構成について語る前に、そもそも人はなぜ住居や施設の壁を飾るのか、壁を飾る文化や習慣のルーツはどこで、どんな歴史と意味があるのか、西洋史を中心に壁画から絵画への流れを解説します。

 

最古の壁面装飾は洞窟壁画!?

世界各地の旧石器時代の洞窟には、当時の人々が描いた野牛や鹿の壁画が残っています。これが人類最初の壁面装飾といって良いようです。今は絶滅したマンモスやマストドンと見られる動物も数多く描かれています。

どれが最古の洞窟壁画であるかは諸説ありますが、一例として約6万4000年前に描かれたスペインのラパシエガ洞窟、マルトラビエソ洞窟、アルタレス洞窟の壁画があります。当時、何のために壁画が描かれたのかについては、信仰のため、狩猟祈願などさまざまな説があります。

人間の住まいの中に描かれた最初の壁画は、約8000年前にトルコのチャタルフック遺跡内で発見されたものです。神殿と解釈される建物の壁に、雄牛が描かれたものです。ただし、当時の壁画も装飾などの用途ではなく、呪術だったと推測されています。

装飾を目的として壁画が描かれたのは、5000年前。海洋民族がフレスコ技法で描いたイルカやタコの絵が始まりとされています。ちなみにフレスコ技法とは、壁に新鮮で生乾きの状態の漆喰を塗り、それが乾かない間に水で溶いた天然の顔料で描く手法です。

 

壁画から絵画へ発展

紀元前2000年頃にフレスコ画が登場したあと、紀元前1500年頃になると、蠟画(ろうが)が増えてきました。蠟画は蝋を混ぜた固形顔料を熱で溶かして使う絵画技法で、エンカウスティックとも呼ばれます。

絵を描くための技法や手段の選択肢が増えると同時に、徐々に壁画から絵画へと発展していきます。

絵画の歴史の発展で大きな役割を担ったのはキリスト教美術などの宗教画。文字が読めなかった庶民に、宗教の教えを強く印象づける目的で描かれたので、庶民の間にも絵画を見る習慣や機会が増えていったようです。

その後、14~16世紀の初期ルネサンスでイタリアのメディチ家のような富裕層が出現して宗教画以外の絵画製作を画家に依頼するようになり、風景画、肖像画なども誕生していきます。

絵画が、芸術や美術として発展したのはその後。鑑賞した人の気持ちや心が動く表現や作品がアートと呼ばれ、価値を見出されるようになってきたのでしょう。

時代と共に、壁や絵を書いて飾る目的も異なり、変化していったことが伺えます。

 

タペストリーから壁紙まで発展

壁画や絵画のほかに、壁を装飾する壁紙の歴史と発展も紹介します。

西洋の住宅に壁紙が登場する前は、防寒のためにタペストリーで壁を飾っていた時期があります。

当時の住居は断熱性が低かったため、タペストリーを吊るすのが一般的だったのですが、ペスト菌を持つネズミが住みついたことが14世紀の黒死病の流行の一因に。タペストリーの代わりにベルベットなどの厚手の織物を天井から吊るすようになり、それが壁紙やカーテンに繋がる壁布になったようです。


一方、紙は紀元前2世紀頃、当時の中国で発明されたものの、ヨーロッパで紙に印刷された壁紙が初めて文献に現れたのは16世紀の初頭のこと。1509年、英国のヘンリー八世が出した布告の紙の裏面を利用した版木刷りの壁紙が発見されたという記録があります。その頃はすでに壁紙装飾が専門業として成立していたようです。

その後、ヨーロッパ各国ではどんどん製紙や印刷の技術が進歩したことで、内装を美しく
仕上げる素材として、壁紙が普及しました。

室内の壁を、技巧を凝らしたさまざまなパターンの壁紙で飾る習慣と絵画をその上に吊るして飾る習慣はこの頃から現在に至るまで続いています。

 

季節や行事の飾り付けの風習も

ここまで、壁画と絵画、壁紙の歴史を辿ってきました。狩の記録や呪術、宗教的な目的を経て肖像画や風景画、そして人の心を動かすアートへ。人々の発展と共に役割が変化してきたことがわかります。

一方、季節や行事に関わるものを、季節ごとに飾り変える習慣はどうでしょうか。西洋を始め、さまざまな地域と国で、次年度の豊作を祈願する意図で、収穫した作物などを飾ることや、狩猟の記録のために動物の頭や角などを飾る風習は各地に見られます。

また、宗教的意図で、クリスマスやイースターなどのイベントの際に特別な飾り付けをする習慣は現在も多くの国に定着しているようです。もともと絵画も、宗教教育の意図があったことからも、華やかなイベントの装飾が根付いたのは、宗教行事を定着させる意図として考えれば納得しやすい流れかもしれません。

日本の壁画や装飾の歴史や意図

では、日本の壁画や壁紙、壁面の装飾はどう発展してきたかを紹介します。歴史を紐解きながら、日本は、西洋とは違ってもともとあまり壁を飾らない文化や異なる流れがあることをお伝えします。

 

襖、屏風、衝立の障屏画

日本に紙の製造法が伝わったのは610年。高句麗の僧によるものとされ、西洋に比べるとかなり早く紙が普及、定着しました。そのためか、襖や屏風、衝立などに施される障屏画(障壁画と屏風絵の総称)が急速に発展しました。

障壁画は紙や絹地に描いた絵を、襖や障子、衝立など可動的な間仕切りの両面に張り付けた「障子絵」と、壁面に張った「壁張付絵」があります。いずれも室内装飾画として日本で特殊な発展をとげています。

西洋の壁画や壁紙と比べると、季節や気分で頻繁に取り替えられるのが特徴となるでしょうか。

 

自然や日常の風俗の描写が題材   

9世紀末以後、襖や屏風、衝立、襖などに描かれる絵の主題テーマは自然や日常の風俗を描き出すようになりました。特に和歌に登場する四季絵や月次絵(つきなみえ)、名所絵(めいしょえ)などの形式が成立し、やまと絵と呼ばれました。

日本の独自の風景画や風俗画が障屏画を中心に形成され、鎌倉時代以降にも引き継がれていったようです。
 


同じ頃、宗教絵画が中心であった西洋絵画の歴史と比較すると、宗教的意図や記録、呪術などの意図ではなく、移り変わる自然の変化や風習に目を止め、愛でる風習が強かったことが伺えます。

また、庭園を作り込み、自然や庭の眺めを絵画のように楽しむ風習が根付いていたのも影響があるかもしれませんね。

 

日本人は基本的に壁を絵で飾らない理由

現代の日本でも絵画を購入して家に飾る人は、欧米に比べるとかなり少ないといわれています。アート市場は小さく、装飾画として壁に額縁に入った高価な絵を飾る習慣を持つ家庭は多くないようです。

もともとの歴史からもわかるように、日本では宗教画や肖像画を家に飾る習慣はそれほどありません。

現代でも住居における信仰のための場所として仏壇や神棚はありますが、和室では絵を飾る場所は「床の間」だけ。季節に応じた掛け軸や、花を飾る習慣はあっても数年間同じ絵を飾り続けることは滅多にないのではないでしょうか。

住宅にも何もない壁面が少なく、むしろ漆喰で天然の素材で塗った風合いをそのまま生かすのが尊ばれます。漆喰の壁の凹凸や陰影に美を感じる、また、壁や扉に襖や障子を使う文化とも関係がありそうです。

また、地震が多く、壁に絵をかけることにリスクがある土地柄もあるかもしれません。

壁面構成とはなんなのか?

ここで、保育園や幼稚園などの保育施設や介護施設などに飾られる日本独特の壁面構成とはどのような位置付けになるのか。歴史や意義を掘り下げつつ分析します。

 

壁面構成(壁面装飾、壁面飾り)とは?

大勢の人が使う施設の壁に季節の花や行事、キャラクターなどの紙の飾りを貼りつけて飾る風習は、壁面飾り、壁面装飾、もしくは壁面制作、壁面構成という独特の名称があります。

元々は「壁面装飾」と呼ばれていたものの、昨今では壁面に情報を掲示して、意味のある空間を構成するのを意義として、壁面構成や壁面製作と呼ばれることのほうが多いようです。

主に保育園や幼稚園などの子ども向け施設、図書館などの公共施設、病院や介護施設などに見られるもので、一般的な住宅にはありません。

玄関横や門の前、廊下や階段、トイレなどの小さなスペースの壁に飾られることが多く、壁に直接取り付けられること、長持ちしない素材で作り、保管しないことで絵画のようなものとは異なります。

壁面飾りのプロがいるわけではなく、スキルをどこかで習う場もなく、資格もなく、職員や先生が手作りでまたは子どもと一緒に作った造形作品を飾るのが一般的なのも特徴的です。

しかし、デザインの原画や製作する方法が説明されている本は保育者や介護者で働く方向けにたくさん出版されています。また、何冊かある保育の専門誌でも壁面を飾るアイデアは多数特集されています。インターネットでも作例を紹介するブログなどがあり、フリマアプリサービスでもパーツが売買されています。

 

日本の幼稚園に「壁面構成」が登場したきっかけと発展の歴史

1877(明治 9)年の東京女子師範学校の附属幼稚園開設の折に、黒板書が登場したことから「壁面構成」の歴史が始まったそうです。次第に黒板に観賞用の絵を描いて装飾目的に利用されるようになり、掛け図や絵画も含めた黒板に描かれた絵が現在の壁面構成につながっているようです。

また、大正期には、壁を使った室内の装飾や子ども用黒板の登場も。装飾の目的と行事内容を伝えるものの記録もあり、幼稚園・保育所の保育室を明るく彩る環境づくりの一環としても、様々な目的や方法で用いられてきました。

昨今では、楽しい雰囲気を作る目的のほか、鑑賞して学ぶ教育的意義があるものとしての見方もあるようです。

特に、子どもの絵画や作品をもとに保育者が全体を構成するものの場合、子どもの造形活動の一環として壁面構成が利用されている、発表の場としての目的も見られます。自分が作ったものが飾られていると安心したり、楽しい気持ちになったりするのもねらいのようです。

 

介護施設での壁面構成のレクリエーションの意義

では、デイサービスや介護施設など高齢者向けの施設にこのような壁面構成が見られるのはなんのためでしょうか。

介護士などスタッフが作るのではなく、利用者が皆で作業する前提のものが多く、指先を使った細かい作業に参加することで認知症の周辺症状を軽減できる可能性が考えられます。

また、レクレーションの一つとして季節イベントを盛り上げるのにも役立っていることでしょう。「もうすぐコスモスの季節だね」「秋の果物で好きなものは何?」など会話のきっかけや、季節の変化を味わう、次の季節のものを楽しみに待つなども高齢者施設には重要なことです。

また、高齢者自身が季節に合わせた飾りを定期的に作り続けることで、施設に愛着を持ってもらえることにつながることも目的であるようです。

絵を飾らない日本人が壁面を飾る理由とは

基本的には絵を壁に飾らない日本人。なのに、なぜ、幼稚園や保育園や介護施設は壁面構成で飾り続けているのでしょうか。ここまでで考えられる理由を推測してお伝えします。

 

季節感を意識し、儚さを尊ぶことが好きな国民性

一斉に咲き、すぐに散ってしまう桜を見るお花見や鮮やかな紅葉を楽しむ紅葉狩りなど、植物で季節の移り変わりを感じるのは尊い行為として大事にされる国民的風習です。

子どもの頃から、壁に季節を意識できるものを飾るのは、万物の移り変わりを愛でる風習から好まれるのではないでしょうか。

そのときどきだけ味わえる儚いものを貴重なものとして尊ぶことこそ、次の世代に伝えたい、その価値やありがたみをわかってほしいという大人の意図があるのかもしれません。

あえて保存性の低い素材を使って表現し、普通の人が手がけたぬくもり感を大事にするのも、儚さを好む意識と関係していそうです。

 

行事や風習を次世代に伝えたい目的も

ショッピングモールや銀行などのショーウインドーでも、雛人形や正月飾り、クリスマスなど行事やイベントの装飾をすることは、よく見られる風習です。

幼稚園や保育園で壁面を使って季節ごとの飾り付けをするのは、伝統文化の継承や行事を学べる機会を作り、次世代に行事や風習を財産として伝え続けるねらいがありそうです。

頻繁に行事を意識することは、日々の生活に節目を設定し、意識することにも繋がり、日常生活に張りを出す意味もあるかもしれません。

日々の生活がうまくいくことを祈願し、日常に厚みや豊かさを与えてくれる目的もありそうですね。

季節を大事にしたい強い思いの継承

日本の保育施設や介護施設、図書館などの教育施設の壁面が毎月異なるもので飾り付けられているのは、季節の移り変わりに価値を見出し、儚いがゆえの美しさを愛でる共通認識を皆で意識するためなのではないでしょうか。

壁面飾りは、どこかに祈りや願いも込められた日本人ならではの芸術文化の一つなのかもしれません。

    2023.10.03