今から14年ほど前のとある夏の日。
当時中学3年生だった僕は、部活で真っ黒に焼けた肌の上に、母に買ってもらったお気に入りの緑色のパステルカラーのTシャツを着て、若者の聖地竹下通りを歩いていた。
すぐ近くの明治神宮からは、残された時間を知ってか知らずか「俺はここだ!」と求愛行動を続けるセミの一世一代の告白がけたたましく聞こえてくる。
男子校に通っていた僕にはその鳴き声がちょっとばかり羨ましく思えた。
「告白する相手がいていいな。こっちは男しかいないんだぞ。部室臭いし」と少しブルーになった。
と同時に、シャイな自分にはカッコよく女の子に声をかける勇気などないことを思い出して、男子校でやっぱりいいやと首を一周回した。
それにしても竹下通りは素晴らしい!クレープを片手に、道の真ん中を歩けばそんなシャイボーイもたちまちおしゃれに見せてくれる。
僕の顔は誰よりも自信に満ち溢れていた。
そうして竹下通りマジックにかけられ、意気揚々と歩いていると、
顔の横からスーツを着た人物が話しかけてきた。
「芸能界に興味ありませんか?」
スカウトマンだった。
これが僕の役者を始めるきっかけになったということは言うまでもない。
シャイボーイをその気にさせる竹下通りマジックはやっぱりすごい!
そしてそれから10年以上、僕は今も役者という仕事をしている。
その中で分かったこと。
それは僕の人生の生き方は「山登り」に似ているということだ。
一つの頂上(目標)を決めたらとことんそこに向かって歩む。山をひたすら登り続ける。
役者という仕事は、自分の想像力や経験を活かすものだから、そいつを引っ張り出すのに実にストレスがかかるし、身体への負担も大きい。
もちろん演じるというこの仕事に魅了されてしまった僕は、好きでやっているわけだが。
ただ、やっぱり一息つきたくなることはある。
山登りでいうと頂上を目指しながら、たまに足元に咲いている花に目を向けて腰を下ろす「時間」とでもいうのだろうか。
僕はそういった「時間」にお金をかけたい。
モノを選ぶ時もそうである。
そのモノが提供するサービス以上に僕が大切にしてるのは、そのモノが作り出してくれる時間、はたまた思い出なのである。
3年前、家に何か観葉植物を置きたいと考えていた頃、店先にちょこんと可愛く鎮座している小さなアデニウムに目を引かれた。
砂漠の薔薇と呼ばれるその彼は、成長するととんでもなくデカくなるらしい。
僕は、それに夢の途中である自分を重ねていた。
「こいつとでっかくなってやろう!」と、即決で購入した。
それからというもの凹んだ時は、彼を見て、その頃の気持ちを思い出すのである。
そんな彼が、今夏初めて綺麗な花を咲かせた!!!
嬉しい!と同時に、ちょっと先を越された…とも思った。笑
彼が提供してくれる「部屋を彩る」というサービス以上に僕に大切なことを思い出させてくれる、まさにパートナーである。
ありがとう。アデニウム。
僕の周りには、そうやって一緒に人生を歩んできたパートナーたちで溢れている。
どれも僕を語る上で欠かせない、大切で愛おしい思い出たちだ。
きっと自分のなりたい自分に近づくため、等身大のモノを選び、セーブポイントをつくっているのだろう。
何を大切に思うか、年と共にまた変わってくるかも知れない。
これからのモノの選び方の変化も自分自身で楽しみたい。
おっと長居しすぎたかな?
さぁアデニウムの彼に追いつかなければ。
頂上までまだまだあるぞ。
大輪の花を咲かせにまた登るとしよう。
そこのけ!
そこのけ!
シャイボーイが通る。
プロフィール
猪野広樹
1992年9月11日生まれ。神奈川県出身。
’15年にハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」 で菅原孝支役を演じ注目を集め、その後も「刀剣乱舞」「弱虫ペダル」など数々の話題舞台に出演。
昨年上演された大人気小説の舞台化「池袋ウエストゲートパーク THE STAGE」、「PERSONA5 the Stage #3」では主演を務めるなど、実力派舞台俳優の一人。
本年は、舞台「ナミヤ雑貨店の奇蹟」主人公・ 敦也役で出演が決定(2/26~上演)
また、猪野広樹 30th Anniversary year “Inoversary”として
『猪野広樹カレンダー2022.4-2023.3』が2022年3/18発売。
他『猪野広樹30歳アニバーサリーブックⅠ・Ⅱ』が2022年初夏発売予定。