打ち合わせを終え、エレベーターを降り、古ぼけたビルの自動ドアを潜り抜ける。
冬の外気が火照った身体にひんやり気持ちいい。
立ち止まり、小さく頭を振る。
いつも、伝えたいことと言葉の溝が埋まらなくて、フラストレーションを抱えてしまう。
私にもっと伝える力があればなぁ。
視界の隅で、隣の理髪店が設置しているサインポールがくるくる回り続けている。
赤・白・青・赤・白・青・赤……
全てが堂々巡りな気がして、悲しくなるすんでのところで意識を身体に逃す。
会議室にずっといたこともあって、上がりきってしまっている肩。
鼻から吸って、鼻から吐いて。
動作に集中し、脳に酸素を送り込む。
強張っていた筋肉が徐々に解れはじめ、思考もクリアになる。
これ、呼吸の不思議。
改札を抜け、電車に揺られながら、音楽を聴く。
ジョン・レノンが「想像してみて」、と歌っている。
最寄駅で降り、駐輪場まで歩きながら、私はそれでもまだ迷っていた。
この寒さだしなぁ。
だけど、自転車のダイヤルロックを解除し、サドルに跨がった時、よしっと心が決まった。
日の光もまだ残ってるし、今日は街の隅っこに出かけよう。
身動きが取りやすいようにショルダーバックを左斜め下に微調整する。
踏み込んだペダル。
家とは反対の道。
きっかけは、自粛期間中に、より時間がかかるものを選択してみよう、と、思ったことだった。
友人と久しぶりにした文通。
もう2度とやらない、と決めた洗濯板での手洗い。
おすすめされてはじめたぬか漬け。
出汁もこんなに簡単にとれるんだ! と開眼し。
何が入っているか、自分の目で見ながら作るご飯を食べていると、毎日がより楽しくなってきた。
忙しいと、効率良く物事が進むと嬉しい。
無駄を省けたと、その便利なアイディアに感謝したりして。
だけど、その感謝も束の間。
更なる便利さを求めるようになり、生活の違う場面でも効率ばかりを気にするようになる。
並べない、待てない。
無意識に人を急かしたり、勝手に焦ったり。
新しい便利さは必ず古くなる。
際限なく欲しがり続けてしまっていた自分。
それに気づかないように、気づかせないようにループする社会。
そのサイクルには、出口も、終わりもきっと、ない。
寝て食べて、誰かを愛して、仕事をする。
無駄なものが尊かったり、大切だったり。
ありあまる幸せが、こんなに近くに。
未来の見通しが立たない現状は、自粛期間中から変わっていない。
昨日と今日、今日と明日でも、ルールすらも書き換えられてしまう。
でも、それでも、人は、耐え忍び、前を見据えている。
流れを感じ取り、そこに適応していこうとする人の強さ、優しさ。
だからこそ今年は、いつにも増して、気持ちを語る機会が多かったように思う。
分かり合いたい気持ちが強ければ強いほど、伝わらないもどかしさも生まれる。
その小さな世界に溺れそうになったら。
私は自転車に乗り、知らない街に出かける。
行先も決めず、心の赴くまま。
雑誌で特集されていたコーヒー屋さんを偶然見つけ、テイクアウトしてみたり。
公園のベンチで、はしゃぐ子供たちの声を聞きながら、空の青さを感じたり。
ブーケを作ってもらいながら、お花屋さんのお姉さんと話したり。
お花を見繕ってもらいながら店員のお姉さんと話す。
オノ・ヨーコさんはパーティーで真ん中の席を勧められても、敢えて隅に座るのだそう。
中心に座ってしまうと、人は自分のことを見ることができるけれど、自分はみんなのことを見ることができないから。
自転車に乗って知らない街に出かけて、その街の空気を感じる。
知らないお店、知らない暮らし。
私は自分の物語の主人公で、でも、誰かの物語では脇役なんだと、ほっとする。
ペダルを漕ぐ度に、どんどん自分が透明になって、街の風景と化していくような。
自分の物語をひょいっと休憩できるような。
そんな気軽さが自転車にはあるから、最高だ。
家入レオ
福岡出身。13歳で音楽塾ヴォイスの門を叩き、青春期ならではの叫び・葛藤を爆発させた「サブリナ」を完成させた15の時、音楽の道で生きていくことを決意。翌年単身上京。都内の高校へ通いながら、2012年2月メジャー・デビューを果たし、第54回日本レコード大賞最優秀新人賞他数多くの新人賞を受賞。以降数多くの作品発表のほか、ドラマ主題歌やCMソングなども担当。
Text by 家入レオ Edit by 野村由芽(CINRA)