Totteで気づいたアートの魅力
―松下さんが「アート」の魅力に気づいたきっかけはあったのでしょうか。
松下:はい。日本からスペインに渡ってから、私はアートに救われたんです。
実は、スペインに移住したのは「Totte」というヨーロッパでの写真撮影サービスを起業するためでした。
―絵画ではなく、写真だったのですね。
松下:海外旅行というのは、費用・日数もかかりますし、多くの方にとってはいつもと違う特別な体験だと思います。だから、その思い出を変わらずに残り続ける最高品質の「写真」として残せれば、お客さまが見返した時に「あぁ、この時楽しかったよね」「そういえばあの日さ……」と思い出話に花が咲いたり、温かい気持ちになったりするかな、と思ったんです。
松下:加えて私は祖父母の古い写真を見るのが好きで、「おじいちゃん・おばあちゃんにもこんな時があって、この頃があったから今の私がいるんだ」とルーツを知る面白さも感じていました。だから、特別な一瞬を切り取った写真はまるでタイムマシンのように、本人たちだけでなくその子孫や友人も幸せにできるという確信がありました。
―素敵なサービスですね……そして、絵画同様「不変であること」によって受け手は感情の変化を味わえるという点で、DeCasaに通じるものがありますね。では、なぜそこからDeCasaを?
松下:Totteをスペインでゼロから起業をしてようやく軌道に乗りそうだった頃、ちょうど新型コロナウイルスが直撃したんです。ロックダウンが続き、旅行される方も当然いらっしゃらず、「このまま廃業するしかないのかな……」と心が折れてしまいそうでした。
そんな時、以前美術館で購入した絵を思い出し、フレームに入れて飾ってみることにしたんです。そうすると、ことあるごとに絵が視界に入ってきて……どんよりとしていた部屋が、絵画の周辺だけパッと明るくなったような気がして、見ているうちに「この絵を見ているとなんだか気分が落ち着くし、元気が出るなぁ。今自分にできることは少ないかもしれないけど、落ち込んでいられないなぁ、大丈夫、頑張ろう!」と自問自答できて、勇気が湧いてきて。アートの持つ力で、前を向けたんです。
―松下さん自身がアートに救われたことで、アートを多くの人に広げていきたい、と思われたのですね。
松下:アートが「前を向くための”唯一の方法”」とは言いません。でも、自分が効果を痛感したからこそ、皆さんが選択肢の1つとして気軽に自分が好きと思えるアートを手に取れるサービスがあったらいいな、と思いDeCasaの立ち上げを決めました。
―DeCasaを立ち上げてから、お客さまからの反響はいかがですか?
松下:「なんだか部屋が華やかになって、気持ちが明るくなった」「前向きになれた」「アートを見るのが癒しの時間になっている」といったお声をいただくと、創業者冥利に尽きます。また、印象的だったのは「自分の”好き”という感情に気づけた」というご意見でした。
―知らなかった自分の感情に気づく方もいらっしゃるんですね。
松下:日々生きていると気付かないうちに自分の「好き」よりも世論・トレンドを優先してしまうケースが多々あると思います。また、ファッションやアートなどは「○○系」とカテゴライズしてメディアなどで取り上げられる傾向がありますし、一つ一つのアイテムとじっくり向き合いながら自分の感情と自問自答する機会がなかなか少ないのではないでしょうか。その中で、作者の流派や知名度などを知らずに心が躍った絵に出会えれば、その絵と目が合うたびに、自分の「好き」に改めて気づくことができます。
―自分の感情に気づき、向き合えるようになると、やはり生活は変わりますか?
松下:変わります。自分の本音にしっかりと耳を傾けた経験の数が多いほど、「”私は”〇〇と思ったからこうしている」と言えることが増えると思うんです。
部屋に好きなアート作品があるからこそ毎日視界に入り、「この絵が好きなのはこういう理由かなぁ」と日々自問自答することで、自分自身へのあらゆる解像度が上がっていくと思うんです。「好き」を通じて自分が大切にしている価値基準がわかっていくと、人にどう言われた・世の中はこう言っている、などに左右されない、ストレスフリーな生き方ができるようになっていくと思います。
DeCasaは「女性のため」ではなく「すべての人のため」のブランド
―まだハードルが高いと思われがちなアートを身近にしていく取り組みは、難しいぶんやりがいもありそうですね。
松下:自分にとって大切にしていることが「人生一度きりなので面白いことをしてみたい!」があるんです。もちろん人生や仕事って面白いことばかりではないですし、目標に向かうときって大変なことの方が多いと思うんです。会社を2社起業して気付いたことが「面白いこと」って最初からあるのではなく、「何かに本気で取り組んでいる時に見つかること」なのかなと思っています。
例えば、最初はスペインに渡ってTotteを起業した動機も、「せっかくなら海外で挑戦してみたい!」という、ストレートなものだったのですが(笑)いざ起業をすると、未熟で粗削りなことも本当に多くて... でも分からないことに真剣に取り組むと、困難に直面する度に本当に色んな方々から助言をいただき、学び、前に進み……
なのでDeCasaのアートを通じても「自分の好きと暮らす」という価値観に共感してくださるお客さまが少しずつ増えてきている実感を得られるのが、何にも代え難い喜びがあります。
―DeCasaではこれからも、ヨーロッパで活躍する女性アーティストの作品を中心にキュレートされるのでしょうか?
松下:女性アーティストの作品を集めている、という情報だけでは「DeCasa=女性のためのブランド」と思われてしまいがちですが、「DeCasa=全ての人のためのブランド」を目指しています。なので、長期的には性別・宗教・文化の壁を越えたアートを集めて、DeCasa全体で多様性を体現していきたいです。現在、女性アーティストの作品に重きを置いている現状は、いわばそのスタートラインです。
2021年の統計によると、日本の経営者のうち女性の割合はわずか8.1%*と言われていて、男女の人口比に対して明らかな偏りがあります。
*帝国データバンク調べ(2021)
―ジェンダー平等が実現されているとは言い難い数字ですね……
松下:DeCasaの理想は、「属性」に縛られず誰もが活躍できる未来です。だから、女性だから家事をしなければいけない、男性だから働かなければいけない、といった「〇〇だから~しなければいけない」といったイメージを打ち壊すために、まずはポジティブアクションの1つとして、女性の背中を押せるようなアーティストの作品を集めています。
松下:ゆくゆくは南米・アジア・中東・アフリカなど……生活様式も文化も異なるアーティストの作品をどんどん紹介して、「多様な生き方」を共有していきたいですね。
―松下さんの考えそのものが、まさに属性による分断を越えているわけですね。ボーダーレスな世界への熱意は昔から強かったのでしょうか?
松下:確かに、他文化への興味は幼い頃からありました。アフリカや中東から来日した留学生のホームステイを積極的に受け入れたり、私自身も留学やホームステイをするなど、自分にないものをたくさん持った人・存在との交流が人生のドアを幾度となく開けてくれて。そのおかげで固定観念やメディアでの情報だけでは絶対にわからなかったこともたくさん知れました。
だから、DeCasaではアートを通じて、多様性がもたらす輝きに満ちた世界を伝えていければ、遠い存在同士が繋がり、争いなんかもなくなっていくんじゃないかな……と願っています。
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