もくじ
逃げたくなかった「トーストエール」という自己表現
―本来だと廃棄されてしまうパンの耳をビールにしよう、というupcycle-beerのアイデアは、どういった経緯で生まれたのでしょうか。
吉岡:元々私たちは海老名に根付いたパン屋「Boulanferme(ブーランフェルメ)」として30年以上、お客さまに喜んでいただけるパンをひたすら追究してきました。その中で「パン屋が作っていそうなもの」はあらかた作ってきたのですが、だからこそ、今まで提供できていなかった価値をお客さまに提供するために「パン屋が生み出せないもの」を作りたかったんです。
また、モノづくりに携わる人間としては、生産過程で作ったものの一部をロスとして廃棄するって、環境やコスト面以外においても、心理的にすごく嫌なんです。だからうちも廃棄せず家畜の飼料などに活用しているのですが、普通に食べられるパンの耳が毎日数百キロトラックで運ばれていくのは複雑な気持ちで。
かといって、自社内で再加工して販路を確保するには社内のリソースも足りず……
吉岡:そんな折、7年ほど前にイギリスのブルワリー*が作るトーストエール(パンの耳を原料としたビール)に関するニュースをたまたま見たんです。本来なら廃棄されるはずだったパンをビールへと変えるだけでなく、ブルワリーにとっては命と同じくらい大事なレシピを堂々と公開していて、「お金を稼ぐ以上に、世の中を変えたい!」という本気度合いが伝わってきました。そして、レシピがわかっているなら実現できるんじゃないか、と思ったのがupcycle-beerの始まりです。Better with UPCYCLEのブランドとして出す商品の第一弾、といった位置付けですね。
*ビールの醸造所
―とはいえ、ビールについては門外漢なわけですよね。どのように着手したのでしょうか。
吉岡:仰る通り、素材となるパンの耳はたくさん持っていますし詳しいつもりですが、ビール造りについては詳しくありません。
ノウハウの全くないものを自分たちだけで作るのは、その時・その瞬間のお客さまのニーズを正しく反映できません。ならば他のプロフェッショナルと一緒に製品を作り上げることが最適解だろう……と思っていたので、海老名にあるブルワリーの代表の方と飲みに行き、「こんなの造れるの?」と話を直接聞いてみたんです。すると、「たぶんできるよ」と回答がありまして。実現可能性がそれほど低くないという感触があったので、悩んでいても仕方がないと思い生産を決意しました。
吉岡:そこから600くらいのブルワリーに協力を仰ぎまして、モノづくりを生業とする者同士、想い・価値観に共感しあえたのが、今ご協力いただいている3つのブルワリーです。皆さまトーストエールもご存じで、「機会があったら造ってみたい」と思っていらっしゃったんです。
―元々共通の想いがあったんですね。
吉岡:初めは1つのブルワリーさんだけと協力して1種類だけビールを造ろうと思っていたのですが、ブルワリーの方々に会ってお話を伺うと、当然と言えば当然ですが一人ひとりにそれぞれの想いがありました。そこで「パンの耳」という同じ材料が、作り手の想いを好きに反映して色んな形のビールになれば面白いなと思い、複数のブルワリーとそれぞれ異なるクラフトビールを造る形に落ち着きました。
―同じ原料でも、そんなに違いが表れるものですか。
吉岡:面白いほど変わりますよ。だからこそバラエティに富んだラインナップになって、「今回はこれを飲んだから次はこれを飲んでみようかな」と選ぶ楽しみが生まれます。ここはパンとビールに共通している部分ではないでしょうか。
―パンとビールに共通している部分なんてあったんですね。
吉岡:パンの面白いところは、誰もが等しく手に入れられるような原材料を使っているのに、作れるものが自由自在だという懐の深さです。シンプルな食パンも、お菓子のようなブリオッシュも、小麦・卵・牛乳で作れてしまいます。何でも作れるからこそ、何を作るかがその人にゆだねられている。
言い換えれば、生まれた製品が作り手を表しているわけです。これが面白いから私はいつまでもパン屋としての自己表現を続けています。
吉岡:そして、今お伝えした話はまさにビールにも言えることで、原材料が大きく変わらなくてもブルワリーの考えを反映して完成品が大きく変わるんです。
パン屋としての、パンに縛られないモノづくり
―upcycle-beerを造る3つのブルワリーにはそれぞれ個性があると思うのですが、協力し合ううえでハードルにはなりませんでしたか?
吉岡:いえ、そこは比較的スムーズでしたし、むしろ必要なことだったと思います。自分に足りない部分は、想いを共にする他のプロフェッショナルに頼り、専門性を活かしあうことで提供価値を最大化する……パン屋とブルワリーが手を組んで「パンの耳を使ったクラフトビール」が生まれたのは、まさにこの考えがあったからです。
―「プロのパン屋」としての意識が強いと、製品の最終形も「パン」に固執してしまいそうですが、吉岡さんにはそこで「ビール」を選択肢に入れる柔軟性がありますよね。
吉岡:地元に根付いていたり、その店以外にそもそも店がなかったりなど一定数のお客さまがついていると、どうしてもお客さまがいることが前提になって「とりあえず”いいもの”を作れば、いつも来てくれる人のうち誰かには売れるだろう」という考えに陥りがちです。
吉岡:でも私はどんな人に・どんなシチュエーションで・どう喜んでほしいかを考えて、それを製品で実現するのもモノづくりの楽しさだと思っていて。だから「パンを活かす」ことは大事にしても、お客さまにお届けするものがパンである必要はないと考えています。
―では、upcycle-beerをお届けしたいお客さまとはどのような方なのでしょうか?
吉岡:一言で言ってしまえば、「私みたいな人」です(笑)
私は作っている人のキャラクターが表れた料理や飲み物が好きで、「こんなものがあるんだ!」「これ面白いかも」と感じる体験が好きなんです。
吉岡:だから敢えて、upcycle-beerでは「このビールの味は○○にしてほしい」といったオーダーをしていません。自分勝手と言われることは百も承知ですが、「あなたがうちのパンの耳を使って『こんなビールを造りたいな』と思ったものを形にして、心から美味しいと思えるものを商品にしてください」というお願いだけをしています。するとやはり、各ブルワリー全く異なったビールを造りましたし、どれも確かに美味しくて、「私がもし飲食店を開くならお店に置きたいな」とまで感じるものになるんです。
―「自分みたいなお客さま」を考えた時、吉岡さんが納得できるかという軸はとても分かりやすいですよね。では、飲む場面はどのようなイメージなのでしょうか。
吉岡:一人ひとりの異なるタイミング・シーンで、気負わず飲んでほしいです。企業・ブランドの「サステナブル」「エシカル」という発信を目にする機会が増えてきたと思いますが、upcycle-beerは一般的なビールよりも価格が高いですし、「理想のサステナブルな社会を実現するために毎日飲んでくれ!」と言うつもりはありません。
例えば「Bread Ale」はいつもと違った晩酌のエッセンスになれると思いますし、「Bread Coffee Stout」はペットボトルに入っているのでちょっとずつ飲めますから、休日に本でも読みながらコーヒー感覚でちびちび飲むのにフィットしています。
各々自然なライフスタイルの中で使えそうなら選び取り、ちょっといつもとは違う充足感を味わっていただければ幸いです。
吉岡:サステナブルな社会の追求には、色々なパターンがあると思います。でも、既に快適・便利に囲まれた生活を送る現代人にとって、敢えて不快・不便な道に進むのって難しいと思うんです。極端な例になりますが、「産業廃棄物は悪だから、明日から町を捨てて全員自給自足!」と言われても困ってしまいますよね。
だから、今の生活の延長線上に1つサステナブルな選択肢がある、くらいの温度感でゆるく気軽に臨めることが、世の中を無理なく変えていくためには必要です。「ビール」はそこを満たせるアイテムではないでしょうか。
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