もくじ
きっかけは、少年時代の衝撃的な昆虫食体験とファッション業界で感じたうわべだけのサステナブル意識
─長田さんが昆虫食に出会ったきっかけは何だったのでしょうか?
長田:祖父が静岡で農家を営んでいたのですが、僕は幼稚園から帰ってくると毎日のように畑に遊びに行っていたんです。ある日、仕事の途中でおじいちゃんが「腹が減った」と言って、畑のミミズとかバッタをそのままムシャムシャ食べ出したんですね。しかも、「竜介、お前も食べろ。栄養があるぞ」とすすめるんですよ。食べられるわけないじゃないですか(笑)
これは昆虫食といってもかなり極端な例ですが、衝撃的な出会いではあったと思います。
長田:その後、社会人になりアパレルの商社に入社しました。服を大量に生産し、その8割が誰にも着られず捨てられていく。その繰り返しの中で、大量生産大量廃棄が前提になっているアパレル業界に対して疑問を持たざるをえませんでした。
中には生産者の労働環境には目を向けず、オーガニックコットンの服だから地球に優しい服ですと売っている人もいて。そのうわべだけのサステナブル意識にものすごい嫌悪を感じたんですよね。これをきっかけに、サステナブルなビジネスについて調べ始めたんです。
─アパレル業界の課題から昆虫食へと行き着いたのはなぜでしょうか?
長田:いろんな情報にあたっていく中で、服はなるべく長く使い続けることが最も地球に優しいことだと思うようになりました。だったら、毎日消費し続けるものを変えることができたら世の中に一番いいインパクトを与えられるんじゃないか、そう考えたんです。そこでまず浮かんだのが「食」でした。
サステナブルな食にはどんなものがあるのかと調べだしたところ、大豆ミートや培養肉などの情報に加えて、「昆虫食」というワードがでてきたんです。そこから記憶がフラッシュバック。あの幼少期の衝撃的な経験を思い出したんですよ。「僕のおじいちゃん、もしかしたら5周くらいまわって最先端だったんじゃないか」と見直しましたね(笑)
今、新たなタンパク質源として世界中から昆虫が注目されている。これはやる価値があるかもしれないと思いました。
正義感なんかじゃない。Z世代の僕らにとって、サステナブルは「前提」だった
─「サステナブル」という言葉は最近注目され始めたという印象があるのですが、以前からその意識が高かったのですね。
長田:僕らはいわゆるZ世代。「人生100年時代」が叫ばれる中で自分たちの暮らしていく地球環境のことを考えるのは普通のことという意識があります。僕らが特別正義感が強いということではないと思うんです。
江本:サステナブルはまず「前提」で、何かにプラスでとってつけるものではなく土台にあるものだと考えています。これからは持続可能なモノやビジネスでないと成り立たないようになると思うんですよ。
今、世界が昆虫食に注目する理由とは?
─昆虫食が世界的に注目され始めた理由について教えてください。
長田:世界では2050年に食料危機が来ると言われています。ただ、その前の2030年にはタンパク質危機が来ると言われているんですね。タンパク質は人の体を作る大切な栄養素ですから、なんとかしなくてはならない。そこで大豆など植物性タンパク質が注目されていますが、もともと狩猟生活をしてきた人間は、植物性たんぱく質の選択肢が広がっても、やはり「動物性タンパク質」を求めてしまうところがあると思うんですよ。
そこでスポットが当たったのが昆虫です。
江本:実は、サステナブルへの意識が高い欧米やヨーロッパなどではすでにメジャーな食材になっています。ネガティブなイメージよりむしろ新時代の食品として前向きに受け入れられていて、スーパーの棚にも並んでいますし、レストランのメニューの中にもあります。むしろ売り切れるくらい人気なんですよ。
そんななか日本ではなかなか広がらないのは、バラエティ番組の罰ゲームなどで食べるとかゲテモノのイメージが根強くあって、心理的なハードルが高いからだと思います。
─そもそも昆虫食はなぜ環境や人に優しいものだと言えるのでしょうか?
長田:昆虫食と一口に言ってもその領域は広く、種類も豊富です。その中で僕らがメインに扱っているのがコオロギ。コオロギには3つのいいところがあげられます。
まず1つ目は、栄養価が高いということ。100gあたりにタンパク質量が60gあり、これは牛と比較すると約3倍です。筋肉を作り上げるためにはBCAA(運動時の筋肉でエネルギー源となる必須アミノ酸)という成分が必要になるんですけどその量も約1.5倍くらいあります。
また、牛と違って抗生剤やホルモン剤の使用がなく、大豆によるホルモンバランスの乱れも起こさないため、体にも優しいタンパク質だと言えます。
長田:2つ目は、やはりサステナビリティ。牛のゲップやフンから出る温室効果ガスや生育のために必要な水の量など、日本ではあまり意識することがないかもしれないですが、畜産業には多くの環境負荷がかかっているんです。
ところがコオロギの場合、タンパク質1kgを生産するために排出する温室効果ガスは牛の約30分の1。水は約6000分の1しか使いません。最もサステナブルな動物性タンパク質だと言えると思います。
3つ目は味の良さです。昆虫食で気になるのはやはり美味しいのかどうかですよね。実はコオロギは味が強みで、この香ばしさが好きだという人は結構多いんですよ。
現代版昆虫食として思いついたのが、誰もが飲みやすい「プロテイン」
─そんなコオロギを使って、まずプロテインをつくろうと思いついたのはなぜでしょうか?
長田:この3つのバランスに優れたすばらしい食材を日本で普及させたい。でも、そのためにはまず見た目のハードルを無くさなくてはいけないと思いました。つまりは粉末にするということ。そしてコオロギのタンパク質量の多さを生かすとなると、プロテインはぴったりじゃないかと考えたんです。
これまでプロテインといえば、アスリートが体づくりのために摂取するものというイメージがありましたが、コロナ禍の健康志向の高まりもあって、最近は意識的にタンパク質をとろうという人が増えましたよね。そこで今作るなら、誰もが気軽に飲めるプロテインにしたいという思いもありました。
─プロダクトの一番のこだわりを教えてください。
江本:コオロギの良さを最大限生かしながら、いかにクセのない味に仕上げるかということです。目指したのは、いい意味で昆虫っぽさがない味。昆虫食に抵抗がある方でも嫌な感じがないようにすること、またプロテインにある独特のクセをなくすことを目指して、何度も材料の配合を見直して試作を繰り返しました。
さらに、人口甘味料や乳製品も使っていません。しかもグルテンフリーということもポイントです。徹底的に体と地球のことを考えました。
─普通のプロテインと比較すると値段は少し高めかなという印象があります。
長田:そうですね。普通のプロテインと比較すると1.5倍から2倍くらいでしょうか。ただそれは、大量生産をしていない、原料も希少なものを使っているという理由があります。
コスパを優先するということは一つの消費の考えだと納得する一方で、僕らはサステナブルな消費へと舵を切ろうとしている、その商品の背景に価値を見出して買ってくださる方たちに選んでいただければと考えています。これはコスパ時代へのチャレンジだと思っています。
江本:INNOCECTの思想に共感してくださる方、応援してくださる方を増やしていくことが僕らのミッションなのかなと思っています。そのために僕らはいいものを作っていかないといけませんね。
─クリケットプロテインを飲んだ方の感想はいかがでしたか?
長田:まずは「飲みやすい」ですね。「高級チョコレートのような味」という感想もありました。それもあって、スムージーにしたり、ブラウニーなど焼き菓子の材料に使ったりする方もいて、普段の食事に取り入れて下さっていることが面白いなと思いました。
江本:これは僕自身も感じることなのですが、いくら健康のためだからとはいえ、毎日十分なタンパク質を食事から摂取することって、意外と難しいですよね。それをプロテインに置き換えることで、毎日無理なく摂取することが可能です。
あとは、在宅で仕事をするようになってからインスタント麺やレトルト食品など炭水化物中心の簡易な食事で済ませがちだったのですが、このプロテインを併せて摂取することで、毎日タンパク質を摂取できるようになったので、日々の体調は良くなりました。
怒りで未来は変わらない。ユーモラスに世界を変えていく姿勢
─コオロギ食品によって私たちのこれからの生活はどのように変化すると思いますか?
長田:生活がガラッと変わるというよりも、いろんな食の選択肢の中にコオロギ食品がフラットに並ぶようになるということだと思うんです。たとえば、朝はクリケットプロテインに置き換え、ランチには大豆ミート、ディナーにはゆっくりステーキを食べようとか、そんな風に、肉ももちろんいいんだけれどサステナブルな選択肢としてコオロギ食品があってもいいよねと。個人のライフスタイルに合わせて食を選択することが普通になったらいいですね。
江本:僕たちは、肉の代替食としてコオロギ食品を提案したいわけではないんです。あくまでも、食のいち選択肢として選んでもらえたら嬉しいなと思っています。だからこそ常食しやすいものにこだわりたいですね。日本におけるサステナブルなコオロギ食品の市場を作っていくというのがミッションだと感じています。
─プロテインの次につくりたいと考えているものはありますか?
長田:今開発しているのはプロテインバーです。罪悪感をもちながら間食に高カロリースナックなどを食べるなら、健康にいいプロテインバーを食べよう、という感じで選んでいただけたらいいかなと思っています。
江本:あとはプロテインの商品開発をしていく中で、コオロギの香ばしさがチョコレートとマッチングするんだということがよくわかったので、今後は別のフレーバーも試してみたいと考えています。たとえば抹茶とかは非常によさそうですよね。
─昆虫食にはやはり抵抗があるという人や、サステナブルやエシカルという考えになかなかついてこれないという方も多いかと思います。今後どんなふうにこの状況を変えたいと考えていますか?
長田:実を言うと、このプロテインが売れるまでに5年ぐらいはかかるだろうという覚悟でいたんです。それが販売から1か月で完売。これには驚きました。健康志向や感度の高い方は海外の動きをちゃんとキャッチしていて、「日本でもコオロギを扱い始めたんですね!」と逆に喜んでくださる方がたくさんいたんです。
意外と2、3年後にはコオロギ食品を当たり前の食の選択肢にできる、と確信しています。とはいえ、まだまだコオロギ食品へ抵抗を持っている方々へしっかりと寄り添う必要があると思っています。
江本:昆虫食を「常食すべきものである」と言い切ってしまうと、興味のない人は手にとってくれません。共感を生むためにも、まず誰もが手に取りやすい設計を考えていきたいですね。
長田:それから、サステナブルとかエシカルって怒りで気持ちを掻き立てるやり方も多いと思うんですけど、僕らはSNSなどで、一見ふざけているようにも見えるコミュニケーションの仕方をしています。
コオロギ食品を広めたい背景には気候変動やタンパク質危機とか食料危機とか悩ましい時代の背景がたくさんあるんですけど、それを広めるためにはむしろ明るく楽しくやっていきたくて。こうした問題に関心がない人たちに寄り添いたいんです。
そのために、「シリアスになり過ぎない」ことを大切にしています。お肉を食べたからって、「それ、エコじゃないじゃん!」とか、怒られたくないじゃないですか(笑)
「コオロギ。これもアリでしょ!」が、僕らのスタンスです。
-
- 26
- 27
- 24
- 15
- 18
- 17
- 19